わたし、BL声優になりました
 出演が決まってから一週間後。

 スタジオで台本の確認をしていると、隣にいる緑川が呑気に話し掛けてくる。

「また君と共演なんて光栄だね」

「分かりやすい、お世辞なんて要りません」

 ゆらぎは視線を合わせることもなく、彼の言葉を牽制した。

「なんだか機嫌が悪いね。黒瀬も最近は機嫌が悪いし」

「ご自身の胸に手を当てて、聞いてみたらどうですか」

「なにが? ボク何かした? 記憶にないんだけど」

 緑川の白々しい態度に、ゆらぎの苛々は増していくばかりだった。

 彼女の感情の抑制を担っている赤坂は、黒瀬の仕事現場に同行しているため、当然のことながら不在。

 今はただ、耐えるしかなかった。

 感情を爆発させてしまえば、全ては水の泡となる。理解しているからこそ、ツラい。

「ウグイス先輩。後程折り入って話があるのですが、時間取れますか」

「ああ、実はボクも話したいことがあるんだ。今日の収録終わり、家に来てよ」

「分かりました」

 ウグイス先輩からの思わぬ誘いに、ゆらぎは深く考えずに即答した。


「どうぞ、あがって」

 三回目ともなると、緑川の自宅に上がることに抵抗は無くなっていた。

 見慣れたリビングに通され、白い本革のソファに腰を下ろす。

「ちょっと、シャワー浴びて着替えてくる」

「どうぞ」

 緑川がシャワールームに向かった後、改めてゆらぎは思考を巡らせた。

 勢いに任せて、ここまで来たものの、作戦は何も練っていない。

 直球で真相を聞くのか。
 誤魔化されたら、どうするのか。

 対策が何一つ浮かばない内に、緑川はシャワーを終えて、リビングに現れてしまった。
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