わたし、BL声優になりました
「うん。簡単には信じられないかもしれないけど。だから、うちの事務所じゃないと思う」

 事務所のことを語るウグイス先輩の瞳は、真剣そのもので、嘘をついているようには見えなかった。

 そっか……。
 違うんだ。ウグイス先輩じゃないんだ。

 張り詰めていた感情が緩み、ゆらぎの瞳から一滴の涙が頬を伝う。

「良かった……ウグイス先輩が……悪い人じゃなくて」

 泣くつもりなんて、これっぽっちも無かったのに、涙は堰を切ったかのように、次から次へと溢れ出して止まらなかった。

「泣くなよ」

 緑川の優しい声に涙は増すばかりで、ゆらぎは自身の感情に驚いていた。

 本当は怖かったのかもしれない。

 もし、ウグイス先輩が『黒』だと肯定したとき、自分は平常心を失っていただろう。

「はい、ティッシュ」

「ありがとうございます……」

 俯いていたゆらぎの頭上に、ティッシュの箱が、コツンと軽く当てられた。

「もう、大丈夫そう?」

「……はい。泣いて、すみませんでした」

 ひと思いに泣いて、落ち着きを取り戻したゆらぎは、顔を恥ずかしそうにゆっくりと上げた。

 すると、緑川の顔が眼前に迫っていた。

 驚いて反射的に仰け反るゆらぎを、緑川は優しく抱き止めた。

「ちょっと、何してんの」

「ウグイス先輩の顔が近いからです!」

 ゆらぎは緑川を押し退けようと、両手で抵抗する。

「キスしようと思って」

「は!? な、何言ってるんですか! 正気ですか」

「うん」

 緑川の思考は一体何がどうなって、キスをするという発想に至ったのか。

「そういうのは彼女さんとしてくださいよ」

「いないって。そもそも、男の家で泣くのは反則だと俺は思うけど?」

 確かに、つい先ほどまで大いに泣きはしたが、あれは可愛らしい泣きとは程遠かった。

 鼻を垂らした号泣で、あんな状態の女性を見て、キスをしたいと思える男性がいるのか。

「正直に言うと嫉妬してる」

「……嫉妬……?」
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