わたし、BL声優になりました
 ドアベルがチリンと控えめに音を立て、二人の来店を知らせる。

「待ってたよ」

 聞き慣れた声に、ゆらぎは顔を上げる。

 程よく照明が落とされたバーの店内で、カウンター席に腰掛けて居たのは緑川だった。

「どうして……」

「まあまあ。はい、着替え」

 緑川に紙袋を渡されたゆらぎは、状況を理解出来ずに二人の顔を交互に確認した。

「また、お前に貸しを作るはめになるとはな」

 黒瀬は緑川の顔を見るなり、あからさまにうんざりとした態度をとる。

「そんなに嫌そうな顔しないでよ」

「あ、あの! ちょっと待ってください。これはどういうことですか」

 説明してください。と、ゆらぎは緑川に詰め寄った。

「んー。話すと長くなるんだけどね。一言でまとめると、黒瀬は最初から気づいてたんだよ」

 緑川はカウンターテーブルに頬杖をつきながら答える。
 
「……え? 気づいてって……」

「だから、お前が女だってこと。俺に気付かれないように、わざわざご丁寧に変装までしてシライだって存在を偽ってたことも、だ」

 少し苛立った様子で、黒瀬は緑川の言葉を補足した。

「いつから、気づいていたんですか……」

 ゆらぎは動揺で瞳を揺らす。

 自身の男装に自惚れていたわけではない。
 自信があったわけでもない。

 けれど、黒瀬に見抜かれていたことに衝撃を受け、茫然自失する。心の中で様々な感情が風船のように浮かび上がっては、一つずつ音を立てて弾けていく。

「わりと最初から」

 そう言いながら、黒瀬は茫然と立ち尽くしているゆらぎの手を取り、カウンター席に誘導する。

「だったら! どうして……こんなことしたんですか? 白石じゃなくて、シライとして呼んだんですか!?」

 ゆらぎは黒瀬の手を振り払った。

 ──分かっている。これはただの八つ当たりだ。けれど、声を荒げられずにはいられなかった。

 黒瀬の考えが分からない。

 どうして……。

 黒瀬先輩は影で私を嘲笑っていたのか。
 
 女なのに男装をしてまで声優になりたかったのか。そこまでして仕事が欲しかったのか、と内心は嘲っていたのか。
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