わたし、BL声優になりました
「君の後をつけてたのは冬馬さゆだったんだよ」

「……いや、さゆも同じレストランに入っただけかもしれないじゃないですか。そんな偶然で疑うのはおかしいですよ」

 そんなはずはない。何かの間違いだって。偶然だって言いたい。だって、さゆがそんなことをするはずがない。……違う。違う。違う。

「じゃあ、俺とおまえが店を出た後、あいつも同じように偶然店を出て、俺らと同じ方角を歩いてたってか? 馬鹿も休み休み言えよ。どう考えてもおかしいのは冬馬だろ」

「…………違う」

 友人だって思ってたのは私だけだった?
 本当は嫌いだった?

 同期だからって、それだけの理由で勝手に友情を感じてたのは私だけだったのだろうか。

 こんな事実を、こんな形で知りたくはなかった。

「違わない。事実だ。あんな下手くそな尾行があってたまるかよ。理由は何にせよ、あの女がおまえに悪意を抱いてるのは間違いない」

 現実を受け入れられていないゆらぎに、黒瀬は冷静に現状を口にする。

「追い討ちかけるようで悪いけど、今日のことが週刊誌やネットニュースに上がったら、彼女は──冬馬さゆは『黒』確定だよ」

 緑川は腕時計で時間を確認した後、バーカウンターにカクテルの代金を置いて、席から立ち上がる。

「さあ、行こうか」

「あ? どこに」

 緑川の言葉に黒瀬は不機嫌に問う。

「もちろん、ボクの家に決まってるでしょ。話長くなりそうだし」

「……そうだな。とりあえず、白石着替えてこい」

 たが、ゆらぎはその場を動けずにいた。
 二人の言葉が幾度も脳裏に反芻しては消えていく。

 見かねた緑川が放心状態のゆらぎに近付き、耳元で囁く。

「今はさすがに着替え手伝えないよ」

「っ……分かってます。……着替えますから」

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