わたし、BL声優になりました
「だが、結果としてそれが裏目に出たんだ。で、どうするんだ? 先手を打って、事務所を通して実は女でしたって公表するのか? それこそ本末転倒だろ。今まで性別をひた隠しにしてきたのは何のためだ? 仕事を続けたいからだろ」

 あからさまに苛立ちを含んだ黒瀬の刺々しい言葉は、ゆらぎの脆くなった心を容赦なく突き刺していく。
 
 売り言葉に買い言葉。

 悔しさと悲しさが入り交じり、涙が瞳を縁取っていく──。

「分かってますよ! そんなことっ!!」

「ストップ。一旦落ち着いて二人とも」

 ヒートアップする会話に堪えきれずに、緑川が二人の間に割って入る。

 冷静を取り戻すように黒瀬は冷めかけているコーヒーに口をつけて、ゆっくりと息をはいた。

「駄目だ。上手くいかない」

 自身の前髪をくしゃりと掴み、黒瀬は苦々しく呟く。
 
「まぁ、本人を目の前したらそんなものだよ。きっと」

 緑川は落ち着いた声音で黒瀬に向けて言葉を掛けた。
 
 二人のやり取りに付いて行けずに、今度はゆらぎが置いてきぼりにされる番だった。

 一体何のことを言っているのか、皆目検討がつかない。

「あの、なんの話ですか」

「あぁ、ごめんね。君は知らなくていいことだよ。……男にしか分からないことだから」

 最後の囁きは、ゆらぎには聞き取ることは出来なかった。

「とりあえず、二人の喧嘩は置いて、と。冬馬さゆって子が、どう出るのか考えなくちゃいけないね」

「あぁ……面倒なことしやがって、あの女」

「おっと、言葉が悪いよー黒瀬君?」

 黒瀬は悪態をつき、ソファの背もたれに寄りかかり、天井を仰ぐ。そんな黒瀬を茶化すように緑川は何時もの調子を取り戻して軽口を叩いた。

「君付けするな、気色悪い」

 
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