わたし、BL声優になりました
「あーはいはい。で、確証したのはお前が女の姿をした白石を連れて来た時だ。ただ、どうしたらいいのか分からなかった」

「分からなかった?」

 緑川は白いシンプルな皿にカマンベールチーズ、クラッカー、ナッツ類を盛り合わせて、テーブルの中央に置きながら問い返した。

「だって、そうだろ。白石は自分の姿も名前も偽って俺の目の前に現れたんだぞ。戸惑うだろ、普通」

「奥手だね。僕なら頃合いを見計らって躊躇いなく言うよ。だから──」

「脅したのか、白石を」

 緑川の続く言葉を遮り、黒瀬が声を重ねる。その声音は僅かに怒りを含んでいるように思えた。

「僕としては、ちょっとした意地悪のつもりだったんだけどね」

「何度も言うが、俺の後輩を玩具にするな」

 ──これ以上の言い訳を聞くつもりはない。

 そんな無言の拒絶を受け取り、緑川は軽く肩を竦めた。

「そんなに大事なら、自分で守りなよ。最後まで」

「何が言いたいんだ」

「……本当は分かってるくせに。僕に言わせるの? 先に言っておくけど、僕だって簡単に譲るつもりはないから」

 宣戦布告ともとれる緑川の発言に、黒瀬はぴくりと眉根を寄せた。

 知り合ってから数年。二人は常に仕事のライバルとして互いに切磋琢磨してきた。その中で、この業界の厳しさに心が折れ、去った者も何人もいた。

 それでも、お互いがこの業界を離れなかったのは、励まし励まされて苦楽を共にしてきたからだ。そして、二人は今、男性声優人気上位の一位二位を争うまでに成長した。

 だが、二人がお互いに欲しているのは、きっと同じ想い人だ。けれど、これだけは、互いに譲るつもりはないのだろう。

 一瞬にも永遠にも思える静寂が、二人の空間をパズルのように埋めていく。最後のピースを振り払ったのは彼だった。

「渡さないからな」

 ため息をついた後、黒瀬は一言だけ呟いた。

「うん。僕も渡すつもりはない。なんなら、奪ってみせるよ」

 それに答えるように、緑川も蠱惑的な笑みで返した──。

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