わたし、BL声優になりました
これはきっと、良くないことの前触れだ。
 生唾を飲み込み、室内に足を踏み入れる。

「失礼します……」

「うん。来てくれてありがとう。さて、時間が惜しいから単刀直入に聞くね。黒瀬くん、君は白石くんが女性だと気づいていたね? それはいつからかな」

「初対面の時から違和感はありました」

 田中社長の問いに、黒瀬は毅然とした態度で答えた。

「そっか……。なら、これは全て僕の責任だ。白石くんを男性に見立てて売り込もうとしたけど、最後まで全う出来なかったみたいだ」

「……バレた……んですね? 私のことが」

 ゆらぎは恐る恐る尋ねる。

「いや、厳密に言うと"まだ"だよ」

「まだ? どういう意味だ」

「相手から交渉を持ち掛けられたんだ」

「交渉、ですか。……具体的にはどんな内容何ですか。差し支えなければ教えていただけませんか」

「『事務所を移籍したい。協力してくれれば、このことは他言無用にする。データも全てそちらに渡し、抹消してくれてかまわない』」

「事務所を移籍したい? それが相手の取引の条件なのか」

「そうみたいだね。でもね、僕の事務所に所属していない子を、勝手に引き抜くことは出来ない。

 ましてや、他の事務所に推薦するといったことも出来ない。事務所同士のトラブルはご法度だからね。

 ただでさえ、僕の事務所は弱小だ。相手側からしたら赤子の手をひねるくらいに簡単に潰せてしまうだろうからね。僕はこの事務所を守りたい。……だから」

 田中社長の言葉が途切れ、一瞬の沈黙が流れた。

「もし、その条件を飲まなかったらどうなるんですか」

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