わたし、BL声優になりました
一連の流れを静観していた赤坂が、流石に看過出来ないと思ったのか、声を上げた。しかし、それを遮るように言葉を続けたのは黒瀬だ。

「社長」

「なんだい。黒瀬くん」

「俺は反対だ。白石を退社させるのは相手の思う壺だぞ」

「それは……どういう意味なのかな」

「……黒瀬くん?」

「赤坂は黙ってろ」

 黒瀬は口を挟んだマネージャーの赤坂を叱責し、田中社長に挑発的な視線を向けた。一体何を言うつもりなのか。辺りに緊張が走る。

「相手の狙いは勿論、事務所の移籍だろ? それは間違いないんだな?」

「うん。そうだよ」

「けど、それはあくまで表面上の条件だと俺は思う。相手の本当の狙いは白石本人がこの業界から離れることだ」

「そう言うってことは、黒瀬くんには何か確信があるのかな?」

「いや。単なる勘」

「勘……」

 堂々と確証めいたことを言っておきながら、結局は勘なのか。

 ゆらぎは偉大なる先輩に対し、少しだけ落胆する。庇ってくれるのは正直とても有難い。だが、田中社長を納得させられるほどの強い根拠がなければ結局は諸刃の剣だ。

「なんだよ。お前のために言ってんだぞ」

「多分……ですけど、黒瀬先輩の勘は当たっているような気がします」

 胡乱な眼差しを向けつつ、黒瀬の援護をする。これは自分のためでもあり、先輩の意思を尊重するためでもある。

「勘、だけじゃ困るんだけどね。こちら側としては確証がないと動けない」

「それは分かってます。けど、相手が本当にデータを渡すと思いますか? 揺さぶりをかけようと思えば何度だって、そのデータを利用してくるに違いないですよ」

 黒瀬の言う通り、データのバックアップをとられていたら、それこそ無意味だ。相手は一筋縄ではいかないことを彼は懸命に田中社長に訴えかける。

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