大鴉(ガシャ)の哭く森
クスティリン族の魔法使いの長たるものが、なんたる失態か・・・!

自分で自分を叱責しながら、彼女が虚空に片手を伸ばすと、その掌に、煌めく銀色の輝きと共に、一本の水晶の杖が現れる。

彼女は、決して凡人ではない・・・

この公国が打ち立てられる遥か以前より、この氷雪の地に住む民族、クスティリン族の魔法使いであるのだ。

だが、古より、クスティリン族の魔法使いは攻撃の呪文を持たない。

剣を取り戦うは男、女は杖をとる魔法使い、そんな習わしが、深く一族に根付いているからである。

不意に、凍てつく虚空は切り裂かれた。

不気味な旋風を巻き起こしながら、黒き怪鳥大鴉(ガシャ)が、綺麗な顔を苦々しく歪めた彼女の元へ一直線に落下して来る。

「・・・っ!?」

彼女の手にある水晶の杖が、カッと眩い閃光を上げた。

凍てつく虚空に鋭い金属音がこだまし、その地面から、氷の壁のような透明な結界が出現する・・・

その次の瞬間。

そんな彼女の眼前で、にわかに信じがたい事が起こったのだ・・・

宙から迫り来る大鴉と、彼女の張った結界との間に、紅蓮に燃える灼熱の業火が吹き上がった。

燃え盛る火の粉を宿した火蜥蜴(ひとかげ)が、凍てついた虚空に朱の帯を引きながら、豪速で横切ったである。

火蜥蜴の纏う深紅の火炎が、彼女の眼前で鍵爪をかざしす黒き怪鳥の体を、一瞬にして飲み込んでいく。

静まり返った夕映えの森に、凄まじい轟音が轟き、辺りは、煌々と立ち昇る紅蓮の爆炎に支配された。

怪鳥大鴉は、断末魔の悲鳴すら上げられぬまま、火蜥蜴の宿す灼熱の炎に焼き尽くされて、その体を微塵も残さぬまま、凍てついた空気の中へと灰になって消えていく。

それは、正に、瞬きすら許ぬほど、ほんの短い時間に起こった出来事だった。

一体、何が起こったのか、全く訳が分からずに、彼女は、結界を解きながら、火蜥蜴が放たれた方向に、その銀色の両眼を向けたのである。

すると、そこに立っていたのは、凍てついた風に濃藍のローブを翻した、すらりとした長身のまだ若い青年であったのだ。
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