ヒマワリ
彼は時々、強く香奈に語った。

「この世界は、悲しみと苦しみと恐怖と、怒りと憎しみと絶望と、妬みと嫉妬と苛立ちと、優越感や劣等感、猜疑心や差別や、その他のあらゆる負の感情があふれすぎて、誰もが自分の手におえなくなっている。

みんな疲れきっているんだ。

疲れて、もがいてる。

その自分の背中に耐えがたくのしかかってるさまざまな重しを、少しでも軽くしようとして、ある人は他の誰かにそれを押し付けようと、知人の顔色を伺っている。

ある人は、自分の価値観で世界を埋め尽くそうと、声高に正義を叫んでいる。

そうでもしないとその人たちもやっぱり辛くて耐えられないんだ。

だけどその人たちの影で、いつもだれかにその重しを押しつけられて苦しんで、それでもなにもいわず、ただじっと耐えている人たちもたくさんいる。

そんなことが、もうずうっとずうっと昔から、繰り返されているんだ。

そうしてあるとき、溜まりきったその悲しみだとか苦しみだとか憎しみだとかがついにぱちんとはじけて、大きな悲劇が起こる。

それはもう、とても正視に耐えない、気がおかしくなりそうなほどの悲惨な出来事が。

世界中の人が絶望し、嘆き、もう二度とこんな悲劇は繰り返してはならないと、誓う。

心から、誓う。

……でも、だめなんだ。

いくら誓っても、それ以後もなんどもなんども、形を変えてやっぱり悲劇は繰り返されてきた。

……なんとか、しなくちゃいけない。

もう限界だ。誰かが、この流れを止めないといけないんだ。

僕にはこの世界全体が、いつかだれかに救ってもらいたくてきしきしと悲鳴を上げているのが聞こえるんだ。

だから僕はそれを、こいつで救ってやるんだ」


言い終ると男はかすかに微笑んで顔を上げ、香奈を見つめた。


その目は磨き抜かれたボーリングの玉のようにきらきらと輝いていて、香奈はここに来る理由がわかったような気がした。
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