羊かぶり☆ベイベー
何だろう、と思うと同時くらいに、吾妻さんが私に躙り寄る。
そして、腕を引き寄せられ、いつの間にか吾妻さんの腕の中に収まっていた。
人の温かさと、力強い、だけど優しい力加減に心が疼く。
抑えていた筈のものが、目から止めどなく溢れてくる。
あの時、堪えていた嗚咽も漏れ出した。
それに気付いた吾妻さんは、私の後頭部を2、3度、優しく撫でてくれる。
駄目だ。
この人の声や体温、仕草には、魔法がかかっているようだ。
何も堪えられなくなる。
本当に恐ろしい人。
必死になって、縋ってしまう。
「……彼と、前に言った例の女の子が」
「もしかして、ソファに座ってた2人?」
「そ、です……」
「まさか、みさおさん、その子と接触した?」
「はい……」
頭の上から、溜め息が聞こえる。
「何かされた?」
「ちょっとだけ、言い合い……になったくらい、ですかね」
言い合いだなんて、嘘。
私が完全に圧されていた。
「頑張っちゃったんだ、みさおさん」
「ちょ、ちょっとだけですよ」
ここで、黙ってしまおうかと思った。
でも、自分の心の中に溜め込んで置くには、自身に今後、悪影響を及ぼしかねない。
今のうちに、吾妻さんが聞くと言ってくれているうちに、吐き出してしまわなければ。
永遠に抱え込むことになってしまいそうだ。
ちゃんと言葉に出来る願掛けのつもりで、落ち着けていなくても、せめて浅く呼吸をする。
「……あと」
「ん?」
「あそこで、2人がキス……確かにしてて……私、それを見ちゃって」
とりあえず、吾妻さんからの返事はない。
それでも、ちゃんと聞いてくれていることは、分かっている。
なぜなら、私を包み込んでくれている手に、少し力が入ったから。