羊かぶり☆ベイベー



私の首筋に顔を埋められて、彼の髪がくすぐったい。

辛うじて、そのくすぐったい感触は分かったが、あとは必死過ぎて、混乱していた。

こんなこと、止めてほしいのに。

こんな時ばかりは、必死な私にも、吾妻さんは気が付いてくれない。



「嫌……!」



声をやっとのことで振り絞ると、吾妻さんの動きが何の前触れもなく、ぴたりと止まった。

それはそれで、何だか怖い。

必死になって、抵抗して暴れていたので、改めて動きを止めたせいで、私の息が上がる。



「あ、あづ、吾妻さ……」



すると、私の両腕をがっちり掴み、引き剥がされた。

吾妻さんは顔を伏せたままで、表情を見ることは出来ない。

髪から覗く耳、首筋は真っ赤に染まっている。

しばらく黙っているだけだった吾妻さんは、唸り出した。

そして、唸りが止むと、その後、声はちゃんと言葉として聞き取れた。



「ごめん……」

「いえ……」

「本当にごめん。ちょっと頭、冷してくるわ」

「あ……」



ゆっくり立ち上がる吾妻さんを引き留めようとしたが、無視されてしまう。

すると、吾妻さんは出入口の襖の前で、1度足を止めた。



「みさおさん」

「は、はい」

「出来れば、俺が戻ってくる前に部屋、戻ってくれる?」

「え……」

「また俺、勝手なこと言ってるけど。お願いだから」



そう言い残して、出ていってしまった。

何か、男性のプライドを傷付けてしまっただろうか。

でも、あんなことされたら、私だって恥ずかしいし、焦ってしまう。

思い出すだけで、全身が熱くなってくる。

少し気まずい。

でも、お願いをされたので、素直に従うことにする。

とりあえず、空になった缶、おつまみの袋などのゴミだけは片していく。

そして、このまま去るのは、せっかく助けてもらったのに、恩知らずだ。

その上、あまりにも呆気ない。

せめて、旅館備え付けのメモ帳とボールペンを使って、置き手紙を残し、こっそり吾妻さんの部屋を後にした。


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