羊かぶり☆ベイベー



「……ありがとうございます」



私の素直な感謝の言葉に、吾妻さんが微笑む。



「……吾妻さんこそ、こんな遅くまで今日は残っていたんですか?」



カウンセリングルームは普段のこの時間なら、閉まっていることが多い筈だ。

私は率直な疑問を尋ねた。



「うん。いろんなクライアントさんのことを整理してた」

「そうですか……」



不器用な私は、この後の会話の続け方を見つけられず、つい黙り込んでしまう。

すると、フォロー上手な筈の吾妻さんが、こちらに物憂げな目線を向けた。



「あの、みさおさん」

「はい……」

「この前は、本当に、申し訳なかった、です」



吾妻さんからの言いにくそうに動く口元から出た、唐突な謝罪に思わず、気持ちが身構える。

忘れていたわけではない。

あの時の状況が、頭に映像で甦る。



「あ、いえ。あの……」

「俺、どうかしてた」

「もう、平気ですよ。あの時は、びっくりしましたけど……」



私は苦笑いで返す。

本当は、平気なんかじゃないけれど。

今でも胸がドキドキと暴れまわっていて、平常心では居られないくらいだから。

途切れ途切れのやり取りが続く。

普段の私たちでは珍しいと思う。

その上、吾妻さんは、落ち込んだ表情を変えようとしない。



「今日も、あの旅行のことがあったから、来てくれないんだと思って。心底、反省してます……」



そして、吾妻さんは深く頭を下げた。



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