羊かぶり☆ベイベー
目の合った人物が、喫煙スペースから出てくるのが分かった。
冷や汗が出る。
「みさおちゃん。お疲れ様」
呼び止められて、当然、無視する訳にはいかない。
私は可笑しな顔にならないよう、努めて平静を装い、振り向いた。
「……あ、ユウくん。お疲れ様」
しまった。
完全に油断をしていた。
事が起こってから思っても、もう遅い。
吾妻さんと、もっと距離を空けて、歩いておけば良かった。
何を思っても、もう遅い。
ユウくんの顔を見れば、いつもの彼からは感じたことのない、強い感情が伝わってきた。
表情には出ていないものの、分かるのは穏やかではないただならぬ様子だ。
いつもとは違う雰囲気。
そうでなければ、今もこうして飛び出すように現れないだろう。
「今、帰り?」
「あ、うん」
「そっか」
「ユウくんは?」
「1本吸ったら、帰ろうと思ってたとこ」
会話が途切れても、ユウくんはそこから動かない。
何か、言われるのかもしれないと、察する。
もしかしたら、一緒に帰ろうと言われるのかもしれないし、もしくは──。
「ところで……今、一緒に歩いてた人は、同じ部署の人? あんまり見ない人だけど」
「あ、えっと……」
嫌な予感が的中した。
探られているのだ。
吾妻さんの居る方を見ると、少し離れたところで立ち止まっている。
気を遣って、先に行こうとしていたのだろう。
それなのに、私がユウくんと話す様子を窺いながら、戻ってきてしまった。
「遅くまでお仕事、お疲れ様です」
「……どうも」
不自然な程、にこやかな吾妻さんと対照に怪しんでいるユウくん。
──吾妻さん、一体、何を考えているの……。
すると、吾妻さんはスーツのジャケットの胸ポケットから、名刺入れを取り出した。