羊かぶり☆ベイベー
「え。食べたい、食べたい」
勧めたものを、吾妻さんは頬張った。
目尻は下がり切って、だらしない、しかしながら、幸福そうな表情をする。
「ああ……旨いねぇ……」
「はい……とっても……」
難しく考えたりしなくても、こんなに幸福な気持ちになれる。
食べ物が美味しいから、それだけでは決してない。
このお気に入りの空間と、そして、正面に座る吾妻さんが居てこそ。
全て揃えば、まさに癒し、だ。
感嘆の溜め息を吐く。
すると、吾妻さんは次の料理を取りながら、言った。
「せっかく忘れてるところ、悪いんだけどさ、気になってたことがあるんだけど」
「何ですか」
「みさおさん、結局なんで、あんな嫉妬深そうな男に引っ掛かっちゃったの?」
「あ……」
「初めて今日、直接、喋ったから第一印象だけで、偏見みたくなるかもしれないけどさ。結構、面倒臭そうな人だね。あの人」
「あそこまで、威勢が凄いのは私も初めてで」
「そっか」
「はい。出会い方も、会社の飲み会で告白されて、それが初対面だったんですけど。お酒のせいで、私も正常な判断が出来ていなかったのかも」
そういえば、何故、私に声を掛けたのか、聞き損ねてしまった。
ユウくんが、あんなに言いあぐねる姿を見ると、ただならぬ理由がありそうで、少し身構えてしまう。
社員旅行のときも、仕事終わりに営業部を覗いたとき、階段の踊り場で見かけた浮気現場も。
全ての場面に、あの後輩の女の子が居た。
もしかしなくても、関係があるのかも。
でも、きっと、その真相も、もう知ることは出来ない。
「あ。あと、告白されて、私が『はい』って返事しちゃったのは、この歳で恋愛経験が無かったので、焦ってしまった、っていうのが一番ですね」
「焦る必要なんて無いと思うけど」
「アラサーで誰も隣に居ないとなると、いろいろ怖くなるんですよ。まぁ、もう良いんですけどね。彼とは、終わったので」
「終わってないよ」