羊かぶり☆ベイベー
別に衝撃を待っているつもりはないが、なかなか平手打ちの感覚が来ない。
強く瞑った瞼を開ける。
振り上げたままの彼女の手首は、高い位置で掴まれ、止められていた。
「え……」
「せっ、せんぱ──」
「おい。手、出すのは最低だぞ」
手首を掴んでいたのは、ユウくんで。
まさか。
もう何の繋がりも無いのに、まさか助けてくれるとは思わず、凝視する。
ユウくんと目が合う。
しかし、一瞬だけ眉毛を下げたかと思うと、直ぐに目を逸らされた。
「もう『伊勢さん』は関係ないだろ。やめろよ」
──伊勢さん。
初めて、名字で呼ばれた。
付き合っている時は、そこまで感情に起伏も起きることはなかったのに。
今、何故かしら、傷付いている。
彼の口から、本格的に私との距離をとる表現が出た。
それが、今更になって、少しショックを受けている。
それほど、思い入れなんて無い、と思っていたのに。
私はと言うと、初めから「ユウくん」と呼んでいたから、未だに自分の中だけでは、そう呼んでしまっている。
私も早く、切り替えないと。
彼女は手を振り払い、拘束されていた手からようやく逃れる。
「2人して、関係ない、関係ないって……。先輩の嘘吐き……! この人のこと、好きにならないって言ってたくせに!」
我が儘を言ってごねる子どもの様に、彼女は地団駄を踏む。
それに対して、呆れた様子のユウくんは、あまり相手にしていない。
「もう終わったんだよ。これ以上、掘り返すな」
「だって! 私が納得してません!」