羊かぶり☆ベイベー
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定時で上がれた今日は、店長のお店で久しぶりに、まったりと出来ていた。
何一つ気兼ねすることなく。
今日こそは、目の前に店長の「おまかせ」カクテルが現れる。
「ありがとうございます。私、ずっと飲みたくて、この時を待ち侘びてました」
「こちらこそ、待ち侘びておりました」
店長の口角が僅かに上がる。
最近、私も店長の表情の変化に、気付けるようになってきたらしい。
それが嬉しくて、気分も上がってくる。
「で、店長。今日のこれは? 何というカクテルなんですか?」
「カミカゼ」
「かみかぜ……? 今日のは日本語っぽいんですね」
「神風特攻隊が由来です」
「へぇ……。これもあるんですか? カクテル言葉」
「はい。こちらは──」
カクテル言葉は来客を知らせる扉の開く音と、ベルの音で遮られた。
お客さんが入ってきたにも関わらず、店長は声も掛ける様子もない。
ただ手を上げている。
後ろを振り返ると、あの人が入ってきていた。
「吾妻さん、こんばんは。お疲れ様です」
「お疲れ様。みさおさん、なんか今日は来るの早くない?」
「今日は、定時で終われたので、せっかくだから来ました」
吾妻さんは私の返答を嬉しそうに微笑み、何度か頷いた。
そして、いつも通り、隣ではなく、1つ席を空けて椅子に腰掛ける。
「桐矢も、今日は飲んでみるか?」
店長が私の「おまかせ」カクテルを一瞥し、吾妻さんをからかう様に言う。
「止めろよ。みさおさんにナイアガラ、見せたくないだろ」
「やだ。絶対、止めてください」
「ほら。止めろって」
「分かった。………面白くないな」
「聞こえてるからな!」
親しい2人のやり取りも、相変わらず楽しい。
思わず、笑みが漏れてしまう。
「ん? そんなに面白かった?」
私の然り気無い仕草や動作も見逃さない吾妻さんは、面白そうに尋ねた。
それは、子どもに話し掛けるような、とても優しい雰囲気で。
また、不意にドキリと胸が高鳴る。