バレンタイン・フェルマータ
誰もいない事務所でひとり帰り仕度をしていると、電話が鳴った。

夜9時を回ったというのに、誰だろう。
緊急の用件に違いないので、緊張しつつ電話を取る。

「はい、岬調律事務所でございます」

『ああよかった……いてくれて。夜分遅くにすみません。楠木です』

受話器から流れ込んでくる声に、体中の細胞がざわざわする。
ああ、もう、重症。

「こんばんは。どうされました?」

『弦が切れてしまって……』

「今からお伺いしましょうか?」

『お願いできますか? ありがとうございます。助かります』

こちらこそ。

仕事だって何だっていい。好きな人から頼りにされるというのは誇らしいし嬉しい。


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