バレンタイン・フェルマータ
オードソックスな国内メーカーのグランドピアノで、切れたのは高音の弦だったため、交換作業は20分程で終わった。

「終わりましたので確認お願いします」

部屋の隅で作業を見守っていた楠木さんに声をかける。

自分では完璧に仕上げたつもりでも、緊張する瞬間だ。

彼はピアノの前に座り、切れた弦とそのまわりの音を弾いてから、全体を確かめるようにスケールを弾いた。そして、色んな曲のフレーズを弾いていく。

試し弾きだとしても明らかに凄みのある音で、ピアノで生きている人なんだと思い知らされる。

全身を耳にしてピアノに問題がないか探っていると、彼はこちらに向き直り、微笑んだ。

「うん。さすがです」

ホッとした。

「さて、この後何かご予定はありますか?」

「いえ。フルコースでやっていきましょうか?」

調律・整調・整音までやると、2時間はかかる。
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