バレンタイン・フェルマータ
裏話〜バレンタインの奇跡
バレンタインデーの数日前、コンサートがあった。

オール・バーンスタイン・プログラム。

前半は実質ヴァイオリン協奏曲といえる『セレナーデ』。
ソリストは漆原建。

後半はピアノ付き交響曲『不安の時代』。
ソリストは僕。

リハーサルで漆原君と久々に顔を合わせたので、開口一番、

「遅くなったけど、結婚おめでとう」

と伝えた。

彼は幸せそうに笑って、

「ほんと遅いですね、もうすぐ1年ですよ。でもありがとうございます」

と答えた。

雰囲気が柔らかくなったなぁ、と思う。
以前はもっとツンツンしていたのに。
結婚すると人間丸くなるのか、それとも丸くなるから結婚できるのか。

「楠木さんは、どうなんですか?」

「どうと言われても……」

好きな人ならいる。
ただし、告白するかどうかは迷うところだ。
さすがに自宅のピアノを調律しに来てくれる調律師に手を出すのはいかがなものかと思ってしまう。
失敗したら、好きな人も、腕のいい調律師も失ってしまう。ついでに僕のピアニストとしての信頼も。

「ふぅん、気になる人はいるものの、迷ってる感じですか」

「漆原君はどうやって付き合うことになったの?」

「嫁は俺が行きつけの楽器店に勤めてるんですけど、去年の2月14日に弦が切れてストックなかったから家に届けてもらったんですよ。そうしたらバレンタインチョコと一緒に届けてくれて。お礼に『セレナーデ』の冒頭弾いてやったんですけど。まあ“タングルウッドの奇跡”ならぬ、バレンタインの奇跡、ですね」

……ピアノの弦はヴァイオリンと違って滅多に切れない。

ただ、もしも切れたら、彼女は飛んできてくれるだろう。

調律師として。

そこに恋心はあるだろうか?




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