正直者は死んでしまえ
意義を唱えたのは新二の三つ隣の席の生徒――普段は目立たず、恐らく一番『おしおき』を受けた回数も少ないであろう細身で眼鏡をかけた男子生徒だ。
チッ……邪魔が入った。新二は湧き上がる怒りをどうにか押さえつける。
「お前は……杉浦拓真(すぎうら たくま)だっけか。その発言はどういう意味だ? 俺は誓って嘘は一つも付いてないぞ」
「確かに上手い言い回しをした。竜崎信二の言葉に嘘はない。だからこそ僕は『騙されない』という表現をしたんだ」
「煙に巻いて優等生気取りか? 話になんねえ。今までみたく、その辺の石ころみたいな顔しながら眼鏡でも拭いてろ」
あからさまに威圧する新二に対し、杉浦は眼鏡の奥の目を細めた。
「目立たない様にしながらずっと君を観察していた。そしてさっきの君の態度を見て確信したよ……君も『気づいた』んだな」
「インキャな上にストーカーとか救いようがねえな……そのヌルヌルした言い回しをやめろっつてんだろ! 何の話だ?」
「この教室で生き残る為の法則性だ」
決定的な一言に新二は言葉に詰まる。
杉浦はその僅かな隙を逃さない。
「君はそれを独占し、私利私欲の為に利用しようとしている。だが、君の思い通りにはさせない。法則性を理解した今、君の横暴に対抗できるのは僕だけだからだ」
「例えそうだとして、具体的にどうする気だ?」
「残念ながらこの法則性を説明したところで、理解できる者は少ないだろう。だから実際に君の思惑を暴露して、この僕が無垢なクラスメートたちを守るしかない」
そう言って杉浦がチラリと『ペインター』先生に視線を向ける。
彼女は授業中の激しい口論を注意するどころか、そのまま続けろとばかりに腕組みをして微笑していた。
それを確認し、杉浦は彼に向き直る。
「お前が途中で説明をやめた理由は簡単だ。この新カリキュラムが言わば『独裁政治制』であり、それを正直に話すことは自分にとって不利益でしかないことに気付いたからだ」
「それはまた随分と物騒な言い回しだな」
「いや、物騒でも誇張でもない。――君がこのクラスで常に一位を取れる、と確信しているのだとしたらな」
新二の顔付きが、いっそう険しくなる。
「今まで行われた小テストの成績は一度も公開されていないが、恐らく君は他の生徒より高得点を取っている自信がある。もしくは、裏でクラスメートの点数を聞き込みしてクラス内における自分の位置を把握していた可能性が高い……つまり君は今後の定期テストでトップを独占できると確信しているんだ」
「恐らくだの可能性だの、お前の言ってることは全部ただの憶測じゃねえか。俺みたいな脳筋キャラにそんなオツムがあるように見えるか?」
「なら聞いてみよう。今まで竜崎新二にテストの点数を聞かれた者は手を挙げて欲しい」
杉浦の問いかけに、おずおずとクラスの半数以上の生徒が手を挙げた。
「こういうことだ。君を恐れて挙手できない生徒も考慮すればもっといるだろう」
「………………」
「君がこれからやろうとしているのは……一位を独占し、指定した生徒を『強制連行』させられる権利を利用した『特別学級』の支配だ」
その衝撃的な一言に、鈍い生徒も含めてようやく全員が状況を理解した。
「それってやっぱり杉浦君の言う通り、俺たちを騙そうとしてたってことだよな?」
「ふざけるな! あんな調子の良いことを言って、裏でそんなことを考えてたなんて!」
「うわ、こわっ……前から乱暴だとは思ってたけど、竜崎君って性格悪過ぎでしょ……」
「し、新二君……? 今の話、本当なの?」
凛香が恐る恐る尋ねると、杉浦が勝手に答える。
「ああ、間違いない。彼はこのクラスの生徒を友達どころか、ただの使い捨ての道具としか思ってないのさ! どうなんだ!? 反論があるなら言ってみろ!」
断罪人の立場を手にしてすっかり勢いに乗った杉浦の問いかけに、新二は静かに告げる。
「……当たり前だろ」
「当たり前とは?」
「お前らを友達どころか使い捨ての道具としてしか思ってねえってことだよ! そんなことも分からないから、お前らはこんなところにいるんだ!」
教室を見渡し、彼は悪魔の様に高らかに笑う。
「堂々とよくそんなことを……なら、君はどうしてここにいるんだ? 君も彼らと同類と判断されたから、ここにいるんじゃないのか?」
これ見よがしに嫌悪感を露わにする杉浦に、彼は開き直る。
「さあ、知らねえ。そんなことはどうでもいい……最後に俺が勝ってさえいればな」
「一番危険な思想だな。君がそういう態度なら、僕は徹底抗戦する。絶対に君に一位を譲るわけにはいかない――なぜなら、僕はこのクラス全員の命運を背負っているからだ!」
「やれるもんならやってみろ! まずは真っ先にお前を地獄送りにして誰も俺に逆らえなくしてやる!」
――凛香を守るためにな。
心の中で付け加えて、新二は敵意に満ちたクラスメートの焼けつく様な視線を笑って受け止める。
そう言い聞かせなければ……きっと自分の心はすぐ壊れてしまうだろうことを自覚していた。
チッ……邪魔が入った。新二は湧き上がる怒りをどうにか押さえつける。
「お前は……杉浦拓真(すぎうら たくま)だっけか。その発言はどういう意味だ? 俺は誓って嘘は一つも付いてないぞ」
「確かに上手い言い回しをした。竜崎信二の言葉に嘘はない。だからこそ僕は『騙されない』という表現をしたんだ」
「煙に巻いて優等生気取りか? 話になんねえ。今までみたく、その辺の石ころみたいな顔しながら眼鏡でも拭いてろ」
あからさまに威圧する新二に対し、杉浦は眼鏡の奥の目を細めた。
「目立たない様にしながらずっと君を観察していた。そしてさっきの君の態度を見て確信したよ……君も『気づいた』んだな」
「インキャな上にストーカーとか救いようがねえな……そのヌルヌルした言い回しをやめろっつてんだろ! 何の話だ?」
「この教室で生き残る為の法則性だ」
決定的な一言に新二は言葉に詰まる。
杉浦はその僅かな隙を逃さない。
「君はそれを独占し、私利私欲の為に利用しようとしている。だが、君の思い通りにはさせない。法則性を理解した今、君の横暴に対抗できるのは僕だけだからだ」
「例えそうだとして、具体的にどうする気だ?」
「残念ながらこの法則性を説明したところで、理解できる者は少ないだろう。だから実際に君の思惑を暴露して、この僕が無垢なクラスメートたちを守るしかない」
そう言って杉浦がチラリと『ペインター』先生に視線を向ける。
彼女は授業中の激しい口論を注意するどころか、そのまま続けろとばかりに腕組みをして微笑していた。
それを確認し、杉浦は彼に向き直る。
「お前が途中で説明をやめた理由は簡単だ。この新カリキュラムが言わば『独裁政治制』であり、それを正直に話すことは自分にとって不利益でしかないことに気付いたからだ」
「それはまた随分と物騒な言い回しだな」
「いや、物騒でも誇張でもない。――君がこのクラスで常に一位を取れる、と確信しているのだとしたらな」
新二の顔付きが、いっそう険しくなる。
「今まで行われた小テストの成績は一度も公開されていないが、恐らく君は他の生徒より高得点を取っている自信がある。もしくは、裏でクラスメートの点数を聞き込みしてクラス内における自分の位置を把握していた可能性が高い……つまり君は今後の定期テストでトップを独占できると確信しているんだ」
「恐らくだの可能性だの、お前の言ってることは全部ただの憶測じゃねえか。俺みたいな脳筋キャラにそんなオツムがあるように見えるか?」
「なら聞いてみよう。今まで竜崎新二にテストの点数を聞かれた者は手を挙げて欲しい」
杉浦の問いかけに、おずおずとクラスの半数以上の生徒が手を挙げた。
「こういうことだ。君を恐れて挙手できない生徒も考慮すればもっといるだろう」
「………………」
「君がこれからやろうとしているのは……一位を独占し、指定した生徒を『強制連行』させられる権利を利用した『特別学級』の支配だ」
その衝撃的な一言に、鈍い生徒も含めてようやく全員が状況を理解した。
「それってやっぱり杉浦君の言う通り、俺たちを騙そうとしてたってことだよな?」
「ふざけるな! あんな調子の良いことを言って、裏でそんなことを考えてたなんて!」
「うわ、こわっ……前から乱暴だとは思ってたけど、竜崎君って性格悪過ぎでしょ……」
「し、新二君……? 今の話、本当なの?」
凛香が恐る恐る尋ねると、杉浦が勝手に答える。
「ああ、間違いない。彼はこのクラスの生徒を友達どころか、ただの使い捨ての道具としか思ってないのさ! どうなんだ!? 反論があるなら言ってみろ!」
断罪人の立場を手にしてすっかり勢いに乗った杉浦の問いかけに、新二は静かに告げる。
「……当たり前だろ」
「当たり前とは?」
「お前らを友達どころか使い捨ての道具としてしか思ってねえってことだよ! そんなことも分からないから、お前らはこんなところにいるんだ!」
教室を見渡し、彼は悪魔の様に高らかに笑う。
「堂々とよくそんなことを……なら、君はどうしてここにいるんだ? 君も彼らと同類と判断されたから、ここにいるんじゃないのか?」
これ見よがしに嫌悪感を露わにする杉浦に、彼は開き直る。
「さあ、知らねえ。そんなことはどうでもいい……最後に俺が勝ってさえいればな」
「一番危険な思想だな。君がそういう態度なら、僕は徹底抗戦する。絶対に君に一位を譲るわけにはいかない――なぜなら、僕はこのクラス全員の命運を背負っているからだ!」
「やれるもんならやってみろ! まずは真っ先にお前を地獄送りにして誰も俺に逆らえなくしてやる!」
――凛香を守るためにな。
心の中で付け加えて、新二は敵意に満ちたクラスメートの焼けつく様な視線を笑って受け止める。
そう言い聞かせなければ……きっと自分の心はすぐ壊れてしまうだろうことを自覚していた。