正直者は死んでしまえ
その時、教室の扉が開かれて武装した『警備員』たちが凛香を取り囲む。
「やめろよ……やめてくれ!」
新二は無我夢中で殴り掛かるが、『警備員』たちは訓練された動きでそれをかわし、その後頭部に手際よく手刀を叩きこむ。
新二は意識が砕けちる直前まで凛香を見つめ……そして最後、秋人にありったけの憎しみの目を向けてから崩れ落ちた。
「ごめんね、新二君……最後までダメな彼女で。だから、私の分も生きて幸せになってね……約束だよ?」
瞳に大粒の涙を溜めつつ、精いっぱいの笑顔を浮かべてから……凛香は大人しく自ら『警備員』へ歩み寄る。
「さあ、早く私を連れて行って下さい。私は逃げも隠れもしませんから――」
「――アッハハハハハハハ!」
突然、『ペインター』先生が今まで聞いたことのない様な大声で笑い出した。
「先生……? 何がそんなにおかしいんですか?」
発狂したかの様に笑う『ペインター』先生に戸惑っていると、彼女はおかしく堪らない様子で凛香を指さした。
「目の前でこんな滑稽な茶番を見せられたら、笑いを堪えろという方が無理だ……さてはお前たち、結託して私を笑い死にさせる作戦か?」
「おっしゃってる意味が分かりません……どうして先生はそんな風に笑えるんですか⁉」
凛香の中から、短い人生の中でも感じたことのない強烈な怒りが沸き上がる。
「私も、新二君も、そして秋人君も……形はどうであれ、みんな必死に悩んで苦しんでこの結果に辿り着いたんです! 私は自業自得かもしれない……でも、秋人君の苦しみ抜いた末の決断を、そして新二君の私への愛情を笑うことは先生として、人として間違っていると思います!」
涙交じりに訴える声も、この教室の担任からすればハエの羽音と大差ない。
「そんな目で言われても全く説得力がないぞ、夏宮。鏡を見てみろ。それはお前の意思じゃない……螺旋に操られているだけだ」
「螺旋? 何のことですか……⁉」
「東雲秋人。今のお前なら分かるはずだ」
『ペインター』先生は、茫然と立ちすくむ秋人に問いかける。
「お前が夏宮凛香を切り捨てることができたのは何故だ? 大切な友達だったのではないのか? この教室で唯一自分を受け入れてくれる、まさに実の姉の様な存在だったはずだ」
「……やめてください……」
「夏宮はいつもお前を守ろうとしていた。私の理不尽な『おしおき』を夏宮が止めに入ったのは一度や二度ではない。先日お前が杉浦に『制裁』を受けている間も、彼女は最後まで解放を求めて彼らを説得していた。彼女は間違いなくお前にとってかけがえのない存在だ」
「やめろって……言ってるんです……」
「どうした? なぜ今頃そんな顔をする――夏宮凛香という人間性に死刑判決を下したのはお前だろう?」
秋人は目を見開くと、『ペインター』先生に飛び掛かって黒板に叩きつけた。
「やめろおおお! 全部お前のせいだ! 先生さえいなければ僕は僕でいられたのに! 返してよ! 元のりゅうちゃんを、りんちゃんを、僕を、クラスのみんなを返せっ!」
必死に背伸びをして先生の両肩を拳でポコポコと叩き、秋人が慟哭する。
目の前にいるのは、女性ですら軽く押し返せる程非力な少年。
だが、先生は抵抗せず黙ってそれを無機質な瞳で見下ろしていた。
「私はどれだけ憎まれても構わない。むしろ、お前が私を憎んでくれるようになったことが何よりも嬉しい」
彼女は不意に手を伸ばすと、喚きながら泣きじゃくる秋人の顎を掴む。
茶色の瞳に揺れる螺旋を見つめて、この教室の担任は悪魔の様な微笑を浮かべた。
「だが、その顔で憎まれるのは本意ではない。どうやらまだ不完全だったようだ……」
「――私が完成させてやる」
『ペインター』先生の紅い唇が、秋人の小さな口を塞いだ。
「やめろよ……やめてくれ!」
新二は無我夢中で殴り掛かるが、『警備員』たちは訓練された動きでそれをかわし、その後頭部に手際よく手刀を叩きこむ。
新二は意識が砕けちる直前まで凛香を見つめ……そして最後、秋人にありったけの憎しみの目を向けてから崩れ落ちた。
「ごめんね、新二君……最後までダメな彼女で。だから、私の分も生きて幸せになってね……約束だよ?」
瞳に大粒の涙を溜めつつ、精いっぱいの笑顔を浮かべてから……凛香は大人しく自ら『警備員』へ歩み寄る。
「さあ、早く私を連れて行って下さい。私は逃げも隠れもしませんから――」
「――アッハハハハハハハ!」
突然、『ペインター』先生が今まで聞いたことのない様な大声で笑い出した。
「先生……? 何がそんなにおかしいんですか?」
発狂したかの様に笑う『ペインター』先生に戸惑っていると、彼女はおかしく堪らない様子で凛香を指さした。
「目の前でこんな滑稽な茶番を見せられたら、笑いを堪えろという方が無理だ……さてはお前たち、結託して私を笑い死にさせる作戦か?」
「おっしゃってる意味が分かりません……どうして先生はそんな風に笑えるんですか⁉」
凛香の中から、短い人生の中でも感じたことのない強烈な怒りが沸き上がる。
「私も、新二君も、そして秋人君も……形はどうであれ、みんな必死に悩んで苦しんでこの結果に辿り着いたんです! 私は自業自得かもしれない……でも、秋人君の苦しみ抜いた末の決断を、そして新二君の私への愛情を笑うことは先生として、人として間違っていると思います!」
涙交じりに訴える声も、この教室の担任からすればハエの羽音と大差ない。
「そんな目で言われても全く説得力がないぞ、夏宮。鏡を見てみろ。それはお前の意思じゃない……螺旋に操られているだけだ」
「螺旋? 何のことですか……⁉」
「東雲秋人。今のお前なら分かるはずだ」
『ペインター』先生は、茫然と立ちすくむ秋人に問いかける。
「お前が夏宮凛香を切り捨てることができたのは何故だ? 大切な友達だったのではないのか? この教室で唯一自分を受け入れてくれる、まさに実の姉の様な存在だったはずだ」
「……やめてください……」
「夏宮はいつもお前を守ろうとしていた。私の理不尽な『おしおき』を夏宮が止めに入ったのは一度や二度ではない。先日お前が杉浦に『制裁』を受けている間も、彼女は最後まで解放を求めて彼らを説得していた。彼女は間違いなくお前にとってかけがえのない存在だ」
「やめろって……言ってるんです……」
「どうした? なぜ今頃そんな顔をする――夏宮凛香という人間性に死刑判決を下したのはお前だろう?」
秋人は目を見開くと、『ペインター』先生に飛び掛かって黒板に叩きつけた。
「やめろおおお! 全部お前のせいだ! 先生さえいなければ僕は僕でいられたのに! 返してよ! 元のりゅうちゃんを、りんちゃんを、僕を、クラスのみんなを返せっ!」
必死に背伸びをして先生の両肩を拳でポコポコと叩き、秋人が慟哭する。
目の前にいるのは、女性ですら軽く押し返せる程非力な少年。
だが、先生は抵抗せず黙ってそれを無機質な瞳で見下ろしていた。
「私はどれだけ憎まれても構わない。むしろ、お前が私を憎んでくれるようになったことが何よりも嬉しい」
彼女は不意に手を伸ばすと、喚きながら泣きじゃくる秋人の顎を掴む。
茶色の瞳に揺れる螺旋を見つめて、この教室の担任は悪魔の様な微笑を浮かべた。
「だが、その顔で憎まれるのは本意ではない。どうやらまだ不完全だったようだ……」
「――私が完成させてやる」
『ペインター』先生の紅い唇が、秋人の小さな口を塞いだ。