正直者は死んでしまえ
「俺は絶対にこの教室で生き残るぞ」
二週間目の昼休み。
竜崎新二は配給された質素な給食を前に、向かいで座っている凛香に宣言した。
休み時間の間と終業後は電気椅子の機能が停止する為、生徒たちは教室内での自由な移動が許される。
簡素なシャワーとトイレがある備え付けのバスルームも開放され、一日三回の給食と五日に一度の新しい衣服の支給も保証されている。
だが、与えられるのは本当にそれだけだ。
ベッドなどないので、夜は教室の冷たい床か机に突っ伏して眠るしかない。
休日も一切なく、娯楽どころか疲弊した心身を休めることも出来ない。
事実、すでに精神に異常をきたしている者も出てきている。
「そうだね……私も、出来る限り頑張ってみる……」
凛香も目の下のクマをこすりながら固いパンを口に運ぶ。凛香は中々打たれ強いが、それでも徐々に疲労が見え始めている。
それに気づいてのことか、新二は発破をかける。
「できる限りじゃない! 絶対に生き残るんだ。俺がお前を助けてやる」
「私だって精いっぱいやってるわ……でもどうやって? たった二週間で十二人も脱落してるのよ? この調子だと一年どころか二ヵ月も持たないかもしれない」
いつもは前向きな凛香の口からつい弱音が零れる。だが、新二は至って冷静だった。
「その十二人のうち十人は最初の一週間で脱落した。しかもそのほとんどが生き残りを諦めて出て行った奴らばかりだ。つまり、二週間経って今もまだ残っているのはちゃんと覚悟ができてる連中だ。ならこれから先の脱落者は一気に減る。……っと」
新二は生ゴミを見るような目で教室の前方に目をやった。
「まあ……何で生き残っているのかが不思議なバカもいるけどな」
「それって秋人君のこと? 秋人君は充分凄いと思う。だってこの教室で一番『おしおき』を受けていつも泣いてるのに、絶対逃げたりしないんだもの」
「あ、あんな泣き虫のヘタレをかばうのかよ!? お前アイツのこと好きなのか?」
唐突に癇癪を起こす新二に、凛香は慌てる。
「ごめんなさい、ごめんなさい! そういうつもりじゃなくて……私はただ凄いなって思っただけで深い意味はなくて……!」
「――二人ともどうしたの? オトモダチ同士でケンカは良くないと思います」
いつの間にかフラフラと歩いてきた秋人が、パンを片手に二人を注意した。
ポカンと口を開ける二人の前で、思い出した様にパンをモシャモシャと咀嚼し、一言。
「やっぱり固い……イチゴジャムとかチョコクリームを付けた方がもっとおいしくなると思います!」
呆気に取られていた新二は、ふと我に返って彼の胸倉を掴んだ。
「ふざけんなよ! ケンカなんかしてねえし! ってか、元はと言えばお前のせいだろっ!」
「え? 僕何かイケナイことしたの!? もしかして二人の邪魔をしちゃった?」
「ッ! おめーのそういう所が気に食わねえって言ってんだよ!」
新二は思いきり彼を殴り飛ばすと、床に倒れて子供の様に泣き出す秋人を嘲る。
「フン、本当にお前は泣き虫だな」
「新二君、そんな酷いことしたらダメだよ!」
「どうしてダメなんだ? 見ろ、誰も俺に『おしおき』しに来ないじゃねえか」
新二は教室の天井の監視カメラを指す。
「今の行為は普通の学校なら真っすぐ校長室行きだ。だが俺は何の処罰も受けてない。つまり、この場所には何らかのルールがあるってことだ。だから『特別学級』なんだよ」
「ルールとかそんなのよく分からないけど、人を傷付けちゃイケナイことに変わりはないでしょ!」
「俺はそれを解き明かしてみせる。例えどんな手段を使っても……そして凛香、お前を絶対に生き残らせてやる」
「――そんなこと、私は頼んでない!」
凛香は叫んで立ち上がると、泣きじゃくる秋人を助け起こす。
「凛香……俺を裏切る気なのか!?」
「裏切るとかじゃない。最初から私は、みんなが幸せになって欲しいだけ。もし新二君のおかげで私が生き残ったとしても、そのせいで秋人君や他の誰かが苦しむなんて間違ってるもの! 不公平だもの!」
「そうかよ。だが何があろうと俺は言ったことは絶対守る。そしてそいつのことは絶対に認めない。それだけだ」
新二はそう吐き捨て、凛香が介抱している所を見たくないといった顔で席を立った。
どうやらバスルームで時間を潰すつもりらしい。
「秋人君、大丈夫?」
凛香が優しく尋ねると、秋人の嗚咽が少しずつ収まる。
そして、殴られた時に落としたパンを拾って子犬の様にかじりついた。
「ハア……何だか泣いたらお腹空いちゃった。でもやっぱり美味しくないよね。早くお家に帰ってママのオムライスが食べたいと思います」
「そうだね……。私だって家に帰りたい。特に妹は心配してると思うし……」
「りんちゃんはお姉ちゃんなんだね。仲がいいの?」
「うん。一つ下なんだけど私なんかよりずっと出来が良くて、明るくて元気で……って私、何言ってるんだろう!」
凛香は自分の頬をビシッ! と叩いてから秋人に笑いかけた。
「愚痴なんか言っちゃダメだよね……今は、こうしてちゃんと生きていられるだけでも感謝しないと!」
秋人もパンを飲み込んでニッコリ笑うと、
「うん、そうだね! 一年だけ我慢すればお家に帰れるんだから、それまで一緒に頑張ろうね!」
慰めるでもなければ何か意見をするでもない。ただ何の捻りもないその返事に、彼女は逆にホッとする。
なぜだろう……新二君の方がはるかに頼りがいがあるのに、秋人君と話していると安心する。
「そうよね! 一緒に頑張れば、全員でこの教室を卒業できるって私は信じてる」
「うん! ところでお願いがあるんだけど……」
「どうしたの? 私にできることだったなんでもするよ!」
秋人はお腹をさすりながら、凛香のパンを指さした。
「まだお腹がギュルギュルするので……出来れば僕のブロッコリーと交換して欲しいのです」
二週間目の昼休み。
竜崎新二は配給された質素な給食を前に、向かいで座っている凛香に宣言した。
休み時間の間と終業後は電気椅子の機能が停止する為、生徒たちは教室内での自由な移動が許される。
簡素なシャワーとトイレがある備え付けのバスルームも開放され、一日三回の給食と五日に一度の新しい衣服の支給も保証されている。
だが、与えられるのは本当にそれだけだ。
ベッドなどないので、夜は教室の冷たい床か机に突っ伏して眠るしかない。
休日も一切なく、娯楽どころか疲弊した心身を休めることも出来ない。
事実、すでに精神に異常をきたしている者も出てきている。
「そうだね……私も、出来る限り頑張ってみる……」
凛香も目の下のクマをこすりながら固いパンを口に運ぶ。凛香は中々打たれ強いが、それでも徐々に疲労が見え始めている。
それに気づいてのことか、新二は発破をかける。
「できる限りじゃない! 絶対に生き残るんだ。俺がお前を助けてやる」
「私だって精いっぱいやってるわ……でもどうやって? たった二週間で十二人も脱落してるのよ? この調子だと一年どころか二ヵ月も持たないかもしれない」
いつもは前向きな凛香の口からつい弱音が零れる。だが、新二は至って冷静だった。
「その十二人のうち十人は最初の一週間で脱落した。しかもそのほとんどが生き残りを諦めて出て行った奴らばかりだ。つまり、二週間経って今もまだ残っているのはちゃんと覚悟ができてる連中だ。ならこれから先の脱落者は一気に減る。……っと」
新二は生ゴミを見るような目で教室の前方に目をやった。
「まあ……何で生き残っているのかが不思議なバカもいるけどな」
「それって秋人君のこと? 秋人君は充分凄いと思う。だってこの教室で一番『おしおき』を受けていつも泣いてるのに、絶対逃げたりしないんだもの」
「あ、あんな泣き虫のヘタレをかばうのかよ!? お前アイツのこと好きなのか?」
唐突に癇癪を起こす新二に、凛香は慌てる。
「ごめんなさい、ごめんなさい! そういうつもりじゃなくて……私はただ凄いなって思っただけで深い意味はなくて……!」
「――二人ともどうしたの? オトモダチ同士でケンカは良くないと思います」
いつの間にかフラフラと歩いてきた秋人が、パンを片手に二人を注意した。
ポカンと口を開ける二人の前で、思い出した様にパンをモシャモシャと咀嚼し、一言。
「やっぱり固い……イチゴジャムとかチョコクリームを付けた方がもっとおいしくなると思います!」
呆気に取られていた新二は、ふと我に返って彼の胸倉を掴んだ。
「ふざけんなよ! ケンカなんかしてねえし! ってか、元はと言えばお前のせいだろっ!」
「え? 僕何かイケナイことしたの!? もしかして二人の邪魔をしちゃった?」
「ッ! おめーのそういう所が気に食わねえって言ってんだよ!」
新二は思いきり彼を殴り飛ばすと、床に倒れて子供の様に泣き出す秋人を嘲る。
「フン、本当にお前は泣き虫だな」
「新二君、そんな酷いことしたらダメだよ!」
「どうしてダメなんだ? 見ろ、誰も俺に『おしおき』しに来ないじゃねえか」
新二は教室の天井の監視カメラを指す。
「今の行為は普通の学校なら真っすぐ校長室行きだ。だが俺は何の処罰も受けてない。つまり、この場所には何らかのルールがあるってことだ。だから『特別学級』なんだよ」
「ルールとかそんなのよく分からないけど、人を傷付けちゃイケナイことに変わりはないでしょ!」
「俺はそれを解き明かしてみせる。例えどんな手段を使っても……そして凛香、お前を絶対に生き残らせてやる」
「――そんなこと、私は頼んでない!」
凛香は叫んで立ち上がると、泣きじゃくる秋人を助け起こす。
「凛香……俺を裏切る気なのか!?」
「裏切るとかじゃない。最初から私は、みんなが幸せになって欲しいだけ。もし新二君のおかげで私が生き残ったとしても、そのせいで秋人君や他の誰かが苦しむなんて間違ってるもの! 不公平だもの!」
「そうかよ。だが何があろうと俺は言ったことは絶対守る。そしてそいつのことは絶対に認めない。それだけだ」
新二はそう吐き捨て、凛香が介抱している所を見たくないといった顔で席を立った。
どうやらバスルームで時間を潰すつもりらしい。
「秋人君、大丈夫?」
凛香が優しく尋ねると、秋人の嗚咽が少しずつ収まる。
そして、殴られた時に落としたパンを拾って子犬の様にかじりついた。
「ハア……何だか泣いたらお腹空いちゃった。でもやっぱり美味しくないよね。早くお家に帰ってママのオムライスが食べたいと思います」
「そうだね……。私だって家に帰りたい。特に妹は心配してると思うし……」
「りんちゃんはお姉ちゃんなんだね。仲がいいの?」
「うん。一つ下なんだけど私なんかよりずっと出来が良くて、明るくて元気で……って私、何言ってるんだろう!」
凛香は自分の頬をビシッ! と叩いてから秋人に笑いかけた。
「愚痴なんか言っちゃダメだよね……今は、こうしてちゃんと生きていられるだけでも感謝しないと!」
秋人もパンを飲み込んでニッコリ笑うと、
「うん、そうだね! 一年だけ我慢すればお家に帰れるんだから、それまで一緒に頑張ろうね!」
慰めるでもなければ何か意見をするでもない。ただ何の捻りもないその返事に、彼女は逆にホッとする。
なぜだろう……新二君の方がはるかに頼りがいがあるのに、秋人君と話していると安心する。
「そうよね! 一緒に頑張れば、全員でこの教室を卒業できるって私は信じてる」
「うん! ところでお願いがあるんだけど……」
「どうしたの? 私にできることだったなんでもするよ!」
秋人はお腹をさすりながら、凛香のパンを指さした。
「まだお腹がギュルギュルするので……出来れば僕のブロッコリーと交換して欲しいのです」