愛と呼ぶには幼すぎる。
「ハルキ君となら、してもいいよ、セックス。」

その一言から、この物語は始まった。

ーーーー遡ること三日前、俺は遅めのインフルエンザからようやく復帰し、三年生になって初めて学校に登校した。

「とうとうグレて不登校かと思ったのに普通にインフルかよー」

「ハル吉、久しぶりぃ♡今年も同じクラスでチョー嬉しい!」

俺は、昔ながらの言い方を借りると、所謂“一軍”ってやつで、他の生徒から憧れるような、そんな立場の人間だ。
中学まで冴えなかった俺は、名前が #浅羽__あさば__#だった為に、高校の入学式で代表挨拶を任された。
その時に盛大に噛んで、パリピなこいつらに拾われて、今や“浅羽軍団”なんて言われるくらい馴染んでいる。

いつハブられるかと怖かった俺だが、三年生もこの調子で安心していた矢先、グループの女子 ミコに

「そーそー、ハル吉が休んでる間に係決まっちゃったよーん♡」

と言われ、心臓がバクバクと音を立てる。
休みの間の係決めなんて、嫌な予感しかしなかったからだ。

「まさか、会長とかに推薦したりしてねーよな、お前ら…。」

俺がそう言うと、グループ一番の問題児 テツヤが、ゲラゲラと腹を抱えて笑った。

「#春來__はるき__#ぃ、流石に漫画の読みすぎだろ、それは。押し付け合いにはなったけど、誰もお前にやらせよーなんて奴居なかったぞ。マジ信用ねぇw」

嫌な予感は当たらず、俺は胸を撫で下ろした。
会長なんてなろうものなら、担任にこき使われて放課後も休み時間も全部パー。
俺は、こいつらに捨てられたら人生終わったも同然なんだから。

「ハル吉は、図書委員だよん♡んとねー、もう一人誰だったかな、なんか珍しい名前の子と一緒!」

ミコの報告に、会長よりはマシか、と俺は再度ホッとしたが、グループの他の面子は全員、一番楽な文化委員に回ったと聞いて、少しがっくり。

ミコの説明じゃ誰が相方なのか見当も付かなかったので、教室の後ろに貼ってあった係表を見ると、図書委員の欄に、

“深井 依瑠” “浅羽 春來”

と書かれていた。

この字面で、フカイ エル と読む。ちなみにアサバ ハルキは俺。
俺も最初は読めなかったが、深井さんとはどういうわけか一年生二年生と同じクラスで、そのうち覚えた。
彼女は、別に暗いわけでもなく孤立しているわけでも無いのに、あまり人とは連まずに一人でいる印象。
話しかけられたら返すけど、自分からは行かない、みたいなスタイルの子だ。

二年間同じクラスだったけど、特に関わりは無い。

俺はとりあえず、後ろの方の席に座っている深井さんに、「よろしくね」と挨拶しに行ったが、深井さんは返事もせず少し頭を下げるだけだった。

「何あの子、感じ悪ぅ~。図書委員も、女子の枠余ってたから自分からやるって言ったんだよ?最初は文化委員希望だったのにさ、まあおかげでうちらみんなして文化委員入れたんだけどぉ~」

「ミコ、聞こえるよ。別に気にして無いから悪口やめろよ。」

「ハル吉ってば、ほんと優し~♡」

別に、本当に心の底から“悪口やめろよ”なんて思ってたわけじゃ無い。
単に俺が、そういう“キャラ”なだけだ。
誰にでも優しくて、女子人気がある浅羽 春來。ノリが良くて、男子からも人気がある浅羽 春來。
そういう需要だから、そうしてるだけの話だ。


そうして顔合わせが終わり、三日後。
図書委員ていうのは意外と仕事が多く、二週間に一回のペースで休み時間と放課後の図書室の受付をしなきゃいけないし、3ヶ月に一回は図書だよりを書かなきゃいけない。
ほんと、めんどくせーと思いつつ、係をサボったら評価はだだ下がりだとかばっかり考えて、俺は放課後の受付の為に図書室に行った。

先に来ていた深井さんの隣に座り、貸し出しに来る生徒を待ったが、最近は本を読むよりスマホで調べる世の中になって、誰も来やしない。
頬杖をついて入り口を見つめる深井さんの横で、俺は暇つぶしにスマホでエッチな漫画を読んでいた。
すっかりのめり込んで読んでいると、深井さんがいつのまにか後ろからそれを覗き、割と大きな声で呟く。

「ハルキ君となら、してもいいよ、セックス。」

俺は驚いて椅子から転げ落ち、手が滑ってスマホも遠くに転がる。
慌てる俺をよそに、深井さんは俺のスマホを拾うと、何事もなかったかのように俺に渡した。
差し出された画面を見ると、ロリっぽいギャルの女の子が、

「#春樹__しゅんき__#君となら、してもいいよ、セックス。」

と言い、冴えないガリ勉男子 シュンキにのしかかるところで漫画が止まっていた。
ふ、普通、朗読しないでしょ、エロ漫画…。
真面目そうな深井さんの言葉から、セックスなんて単語が飛び出したのに気が動転して、俺は、

「ハルキじゃなくて、シュンキだから、この主人公…」

と謎の言い訳をした。
深井さんが俺の名前を知ってるかは知らないが、自分に言われたように思えて、顔が熱くなった。

深井さんはそんな俺を見て、クスッと笑いながら、

「知ってるよ。“手取り足取りラブレッスン”。もう受付時間過ぎたし、帰るね。バイバイ、#ハルキ__・__#君。」

と言い残し、先に図書室を去っていった。

俺は何が何だか訳が分からなくなり、スマホをスクロールしエロ漫画の最初に戻ると、その漫画のタイトルは、『手取り足取りラブレッスン♡』だった。

深井さんって、エロ漫画見るんだ。
何で知ってたのに、“ハルキ”と読んだのだろう。

そんな疑問が押し寄せると同時に、あんなもの見てるところを見られた、という恥ずかしさと、周りにバラされたら笑い者だという恐怖心に駆られた。

この日を境に、俺は#深井 依瑠__ふかい える__#という人間の動向が気になって仕方なくなったのだ。
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