愛と呼ぶには幼すぎる。
深井さんに弱味を握られる形になった俺だったが、その日の翌日学校に行っても、いつものようにあいつらが話しかけてきて、深井さんは席で頬杖をついているだけだった。

「ハル吉、昨日係だったんでしょ?大変だったぁ?」

いつものように腕にまとわりついてくるミコと、机に座ってゲラゲラと下品に笑うテツヤ。
俺は何を心配していたのだろうか。そう思うほどに、何も無い。

どこかで、深井さんが言いふらすんじゃないかと思ってたのが、ホント性格悪く感じて自分が情けない。

「誰も来なかったし、思ったよりは楽だったよ。」

ミコにそう言うと、ミコもハル吉と一緒に図書委員にしたらよかったーとか不貞腐れてた。
俺はミコにまとわりつかれている間も、深井さんの事が気になってしょうがなかった。


その数日後の放課後、帰りの支度をしながら窓の外を見ると、ウサギ小屋の方に深井さんらしき人が見えた。
俺は何故か慌てて校舎を出て、ウサギ小屋の方に向かった。
バレないようにそっと近付くと、やはり見間違えではなく、深井さんが小屋の前に座り込んでいた。
しばらくじっと見つめていると、深井さんは突然、ボソッと独り言を喋った。

「ぴょん子、さっきから耳ヒクヒクさせてどうしたの?え?後ろに人がいる?やだなあ、怖いこと言わないでよ。みんなテスト前だからもう帰ったよ。」

深井さんの独り言に、俺はドキンとした。
後ろにいる人は間違いなく俺だ。深井さんは、ぴょん子…しらんが、ウサギと話せるのか?いやいや、そんなわけない。
でも、深井さんは一度も振り返ってないし…。普段なら絶対に思わないような事も、深井さんなら出来るんじゃないかとか思ってしまう。

そんな俺を見透かしたように、深井さんはまた独り言を始める。

「え、なになに?#依瑠__える__#ちゃんは動物とお喋りでも出来るのかって顔して見つめてる?全く、冗談やめてよね、ぴょん子ったら。動物と喋るなんて出来るわけないよ、これ常識。そうだよね、浅羽君。」

いきなり名前を呼ばれ、俺は焦って落ちていた枝を踏んでしまった。
すぐに足を退けた為に少し左側に移動すると、ウサギ小屋の中に鏡があることに気が付き、ずっと見られていたと思うと俺の顔は熱くなった。

「恥ずかしいだろ!なんですぐ声かけてくんなかったの、」

少しの怒りと恥ずかしさに任せそう言うと、深井さんは真顔で振り返り、

「同級生の女の子に、エッチな漫画読んでるところを見られる事より恥ずかしいことって、ある?」

と言ったのだ。
あまりの正論と、はぐらかされたようなもどかしさで、俺の顔は一層熱くなったように感じた。
自分で勝手に、見なかった事にしてもらえてると思っていたから、深井さんのこの発言に驚いたのもあったのだ。

「もう、そのこと忘れてくれない?なんかジュース奢るからさ…」

俺の提案に、深井さんはすくっと立ち上がって、膝についた砂をパンパンと払って答える。

「別にいらない。どうしても何かしたいって言うなら、私のこと名前で呼んで。深井って苗字、嫌いなの。」

深井さんはそう言うと、俺が名前を呼ぶのを待つようにじっと俺の顔を見つめた。
全く、何を考えているか分からない子だ。ついていけない。
俺は渋々、

「じゃ、あ…依瑠さんで…。」

と言うと、依瑠さんは微笑して俺の横を過ぎていった。
俺の心臓は、バクバクとうるさく音を立てた。
ミコだって名前で呼んでるし、そんな大したことじゃないはずなのに、凄くドキドキして、ミコの方がよく笑うのに、依瑠さんの小さな微笑んだ顔が頭から離れない。

俺はまだ、この気持ちの正体に名前をつけられなかったが、これが俺の“初恋”と気がつくのは、そう遠くない話だった。
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