愛と呼ぶには幼すぎる。
依瑠さんのことを考えると、ドキドキして顔が熱くなる。この現象を俺は、依瑠さんに弱みを握られている悔しさと恥ずかしさだと思った。

なので、数日間ずっと、依瑠さんを遠目で観察している。
や、ストーキングとかはしてないし、ただ見ているだけだから、そこら辺誤解はしないでほしい。
ていうか、意図的に観察というより、気が付けば依瑠さんの事を目で追っていた。
その度に、あの微笑んだ顔と、
“ハルキ君とならしてもいいよ、セックス”
というフレーズが頭の中をついて回った。

そんなことは置いておいて、依瑠さんをいくら観察しようが、依瑠さんの弱味になりそうな事は一切無かった。
まず、クラスメイトとの関係性も良好。ちょっと何考えてるか分からないようなところもあるけど、掃除とか係も積極的で良い子と評判。
次に、成績も常に学年5位以内で、東大圏内。先生達からも信頼されているし、スポーツも上の下くらいは出来るようだ。
全く穴のない彼女に、俺は勝手に完敗の白旗を上げた。

ただ一つ思ったことは、依瑠さんは自分のことを話さないし、自分から話すのが凄い苦手ということ。特に男の人が相手だと、それが著しい。
俺は、依瑠さんが何も喋らなくても依瑠さんの気持ちがわかるようになればいいな、なんて思って一人で妄想した。

そんな中、例の日から二週間が経ち、図書委員の仕事が回ってきた。
割と俺はこの日を心待ちにしていた節があり、ミコやテツヤには俺がいつになくワクワクしているものだから不思議がられた。

授業が終わるとすぐ、俺は依瑠さんの席に行き、一緒に行こうと声をかけた。
依瑠さんも、俺がいつになくやる気な為不思議そうな顔をしている。

図書室の受付に座り、一向に来ない貸し出しの生徒を待ちながら携帯をいじる。
さすがにもうエロ漫画は真っ平御免で、俺はパズルゲームをしていた。
その隣で、依瑠さんもスマホを休む様子もなくいじっていた。前回の係の時は一切触っていなかったから気になってチラッと見ると、誰かとメッセージのやり取りをしているようだった。

「依瑠さん、誰とそんなに話してるの?」

興味津々に聞く俺に、依瑠さんは少し間を置いてから、

「彼氏。」

と答えた。
俺の頭は一瞬思考を停止して、そしてすぐズーンと重くなった。
この一言は俺にとって相当ショックで、このショックのおかげで依瑠さんの事が好きであることに気がつく。
や、気が付いたところで不毛な恋っていうか、気がつかなければよかった。
と思っていると、体感時間5分くらい経ってから、

「ま、嘘だけど。」

と依瑠さんに言われ、俺の心はパァっと明るくなった。
俺は、俺が依瑠さんの事を好きになるように、依瑠さんに誘導されているような気がしたが、そうだとしてもハマってしまったもんは戻れないし。
今まで女の子と付き合った事が無いわけじゃないけど、告られたから付き合っただけで、自分から好きになる事なんて一度も無い。
俺は、予期せぬ初恋に、不安と切なさを感じていた。

としても、依瑠さんのメッセージの相手は気になる。
聞いてもはぐらかされることは分かっているし、知ったところでどうだって話だ。

…と思っていたのだが、依瑠さんはその日、スマホを図書室に忘れていった。
故意?意図的に置いていった?
用意周到完璧な依瑠さんが、スマホなんていう個人情報の塊を置いて行くはずがない。

見ちゃダメだ、春來、これは罠かもしれんぞ!
恋という名の罠じゃ!
そう頭が言うのも関係なく、依瑠さんのスマホに新着メッセージが来たことで、ロック画面に同じ人からの大量のメッセージが表示された。

深井 由貴…女の人と思われる名前だ。
俺は、そのメッセージをガン見してしまった。

『誰もドナーに適合しなかったの。貴方だけが頼りなのよ』

『お願いです、病院に来てください』

『利仁が貴方に会いたがってるの』

『依瑠、お願いよ。兄弟は適合率が高いからきっと適合する』

『利仁を見殺しにするつもり?あなたの兄なのよ?人殺し。あんたなんか産むんじゃ無かった』

メッセージは、それ以上は見れなかった。
俺は、開いた口が塞がらなかった。

内容からは、メッセージの相手は依瑠さんの母親であること、また、依瑠さんのお兄さんが何か重篤な病気であることが伺える。

依瑠さんは、自らのことは話さない。
いつもはぐらかすし、困ってるとか、辛いとかも一切言わない。
俺はこのメッセージの内容を見て、一気に不安になった。

どうしようかとスマホを見つめていると、

「何か面白いネタは見つかった?」

と、いつのまにか図書室の入り口に立っていた依瑠さんに声をかけられ、俺は二週間前のようにガタンと椅子から落ちた。
その口調はいつも通りで、逆にそれが怖かった。

「見るつもりは無かったんだ、ごめん、ほんと、」

焦って謝り頭を下げると、依瑠さんは少し困った顔で、

「別に怒ってない。置いてったのは私だし。」

と返した。
俺は続け様に、「お兄さん、病気なの?」と聞いたが、依瑠さんはそれには答えなかった。
すこし間を空けて、依瑠さんは

「私に兄はいません、って返信しといて。ロック解除の番号は君の誕生日。」

と言うと、本棚の奥へと消えていった。
そんな、他人が触っていいものかと考えたが、俺の誕生日でロックが開くのかどうか、俺は知りたくてたまらなかった。
自分の好きな人が、自分の誕生日で暗証番号を、設定している。
依瑠さんが抱えているものとかより、そんな些細なことが知りたいような、そんなちっさい男だ、俺は。

恐る恐る、自分の誕生日をキーパッドに打ち込むと、ロックはいとも簡単に解除された。
依瑠さんって、俺のこと好きなんじゃ…
そんな浮かれポンチの頭の中も一瞬で冷え切るようなトーク画面が、目の前を埋め尽くす。

『骨髄移植が必要なのよ。』
『あなた四月生まれよね?もうドナーになれる歳よ。お願い、利仁を助けて』

その切実なメッセージへの依瑠さんの返信は、

『一番死んで欲しい人間のドナーになる程、私は人間が出来ていません。私に関わらないで。』
『人殺しと呼びたきゃ呼べばいい。私はあなたの息子が死のうと何も悲しくない。あなたの息子が死ぬのは、天罰です。』

普段の依瑠さんからは考えられないような、冷たい言葉達だった。
メッセージの内容を見れば、家庭環境がよろしくないことくらいすぐにわかった。
俺は、さっきまでの、依瑠さんが好きだーーーなんていう馬鹿みたいに一直線な想いも忘れて、ただ呆然としていた。

そのうち、図書室を巡回していた依瑠さんが受付に戻ってきて、魂が抜けたような俺の前に、ドンッと二冊の本を置いた。

“白血病ってどんな病気?骨髄移植とドナーについて”

“家庭内での性的暴行、許さない為のガイドブック”

そのタイトルを見て、俺は全てを察した。
男の人に対して壁があるように感じた理由、あのメッセージのやり取りの意味、そして目の前で少し手を震わす依瑠さんの心情が、痛いほど手に取るように分かった。

依瑠さんは、多くを語らず、震える手を抑えながらいつものトーンで、

「気持ち悪いでしょ、私。」

と言った。
俺は、咄嗟に依瑠さんの震える手を握り、
「そんなことない。」と言った。
自分の声じゃないくらい、その声は震えていた。

依瑠さんは凄く寂しそうな顔で無理矢理微笑み、
「一緒に来て。」
と、俺の手を引いた。

俺はこの手を離しちゃだめだと思って、何も言わずに引かれるままついていった。
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