愛と呼ぶには幼すぎる。
着いたのは、小さい一軒家だった。
表札は、“清水”と書かれている。

「ばあちゃん、じいちゃん、ただいま。」

玄関で依瑠さんが声をかけると、パタパタとスリッパの音を立てながら60代くらいと思われるおばあさんが出てきた。
俺と手を繋いだ依瑠さんを見るや否や、おばあさんは驚きながら涙した。

「じいさん!じいさん!!えっちゃんが、男の子連れてきたよ!」

泣きながら言うおばあさんと、慌てて出てきて口を開けるおじいさんの心情を思うと、俺まで泣きそうだった。
おじいさんは俺に不信感があるようだったが、依瑠さんが、# 春來__はるき__#君は、あの人とは違うよ、と言うと、少し安心したように自分の部屋へと消えていった。

男の人をあげるのは初めてだと言う依瑠さんの部屋にお邪魔すると、そこはなんとも質素で、物のない部屋だった。
高校を出たらすぐに就職するし、お金は祖父母にもしものことがあった時に必要だから物は極力買わないのだと言った。
俺は、依瑠さんの誕生日に何か家具を買ってあげようと思った。

依瑠さんは俺に、自分のアルバムを見せた。

「これ、依瑠さん?」

依瑠さんは、恥ずかしそうに頷く。
それはそれは、ちっちゃい猿みたいな赤ん坊だった。
生まれたときはみんな小さくて、右も左も分かんないのに、何で過ちを犯すんだろう、と、俺は寂しくなった。

最初から見ていくと、依瑠さんが小学二年生の時までは、お父さんがいつも写っていた。
でも、ある時を境に一枚もお父さんの写った写真が無くなっていた。それと同時に、依瑠さんが笑っている写真も無くなっていた。

「私のパパ、落盤事故で死んだの。私が小学二年生の時に。パパは工事現場で働いてたから保険金とかしっかりしてて、一年前くらいから夫婦仲も良くなくて、受取人を全額じいちゃんにしたの。それからお母さんおかしくなっちゃって、兄が暴力奮うようになって、児童相談所に保護されて、ここに住むことになった。」

淡々と話す内容は、さらっとしているようで壮絶なものだった。
深井は母親の姓で、父親が死ぬまでは清水 依瑠だったから、深井という名前が嫌いだと話した依瑠さん。
俺が依瑠さんを名前で呼び始めた頃は、そんな理由があるなんて思いもしなかった。

「お母さんは私の言うことなんて全然信じてくれなくて、嘘つきって言われて捨てられた。でも、パパが兄が少しおかしいって感じて、それを生前じいちゃんとばあちゃんに話してたから、じいちゃんとばあちゃんだけは私の味方してくれたの。兄とも縁が切れたと思ってたら、最近になって兄が白血病になって、ドナーになれって言ってきたの。ドナーになったら助けられるかもしれないのに、助けなくないって思うんだ、最低だよね。」

依瑠さんの寂しそうな微笑みに、俺は静かに怒った。

「どっちが最低だよ…傷付けるだけ傷付けて切り捨てて、困ったら頼って、依瑠さんの母親も兄も異常で最低だ。依瑠さんは何も悪くない…悪くないよ…」

俺は、依瑠さんの兄が依瑠さんにしたこと、母親に信じてもらえなかった辛さを考えると、心臓が握り潰されるように痛かった。
俺の言葉に、依瑠さんは、ありがとう、と震える声で言った。

その日俺は、晩御飯を依瑠さんの家で食べた。

そして色々考えた。
依瑠さんは俺のことを意識しているだろうし、俺は間違いなく依瑠さんが好きだ。好きという言葉じゃ収まらないけど、愛してるなんて大きな事は言う自信がない。
そんな俺が、今、依瑠さんに「付き合おう」と言う事は簡単だし、依瑠さんも断らないだろう。
でも、なんだかそれが正解じゃない気がした。
男に酷い目にあわされてきた依瑠さんを、俺は癒してあげられるのだろうか。そんな男のことも忘れさせてあげられるような、でっかい男になれるだろうか。

依瑠さんにとって、自分を傷付けた“男”という生き物と恋人になるということは辛い事ではないのか。

その日俺は、「付き合おう」なんて言えずに、家に帰った。
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