もう一度〜あなたしか見えない〜
「あなた!」


夫がいる、帰って来てくれたんだ。私はリビングへ走った。そして、そこには確かに・・・。


「お帰り。」


いつものように笑顔で私を迎えてくれる夫の姿が。私は夢中で夫の胸に飛び込んでいた。


「お帰りなさい。」


そう言った私を、夫は確かに1度、しっかり抱きしめてくれた。だけど、すぐに私の身体は、夫の手によって、夫の身体から引き離される。その夫の行動に、私はハッと我に返る。


「すまない。どうしても必要な物が出来てしまって、留守中に入り込んでしまった。」


「なんでそんなことを言うの?ここはあなたの家じゃない。」


そう訴える私の言葉には、取り合わず、夫は続ける。


「すぐに帰るつもりだったんだが、弁護士さんから連絡が来て、それで、今まで待たせてもらった。もう1度、僕と話したい、それが君からの離婚の条件と聞いたから。」


その言葉は私に冷酷な現実を突きつけた。夫の気持ちは、全く変わっていないのだと・・・。


「とりあえず座ろう。コ-ヒ-でも入れて来るよ。」


「ううん、私が入れるから、あなたは座ってて。」


「いや、僕が入れるよ。ずっとそうやって、君に甘えてきてしまったんだから。」


そう言うと、夫はキッチンに入って行く。結婚以来、家事は私がほぼ一手に引き受けて来た。共稼ぎで、今時それはありえないと、友人や会社の同僚にも言われたけど、私はそれを特に不満に思ったことなんてなかった。


「ありがとう。」


どんな時でも、夫はその一言を忘れなかったし、週末の休みには、不器用ながら、一緒に家事に取り組んでくれることもあった。


だけど、夫は私がそういう不満をいろいろため込んで、不倫に走ったと思っているようだった。


やがて、夫が慣れない手付きで、私の前にコ-ヒ-を置いた時、私の胸はギュッと痛んだ。
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