もう一度〜あなたしか見えない〜
それから、月日は流れ、私は35歳になっていた。


私は今、満員電車に揺られ、通勤の真っ最中。気が付けば、入社して干支がひと回りしていて、会社でそれなりのポジションに就く立場になっていた。


今どき、離婚なんて、ハンデにはならない。だけど、離婚の原因、経緯がもし、周囲に知られていたら、さすがに私の立場は悪くなっていただろう。居づらくなって、退社の道を選ばざるを得なかったかもしれない。


でも、夫も彼も、対外的には、黙って、私から去って行った。お陰で、私は何事もなかったように、仕事を続けている。


プライベートは、何もない。別に夫・・・じゃなくてあの人に操を立てて、生涯独身を通そうなんて、殊勝な気持ちは全くない。お誘いを受けることもある。


だけど、そんな場面になると、私の脳裏にあの人の顔が浮かぶ。あの人の優しさ、あの人とのたくさんの思い出で胸がいっぱいになって、目の前のことなど、どうでもよくなってしまう。


あの人とは、あれ以来、一度も会っていない。当たり前だけど、引っ越し先も教えて貰えなかったし、気がついたら携帯の番号もメアドも変わっていた。


なんで知ってるのかって?離婚してすぐ、どうしても声が聞きたくなって、電話してしまったことがあった。そしたら


『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。』


という無機質なメッセージが。驚いてメールを送ってみても、それは虚しく返却されて来た。


何をやっているんだろうという自己嫌悪と共に、あの人の私との決別への固い意思を思い知らされた。
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