もう一度〜あなたしか見えない〜
元夫が、現在定職に就いていないことは、まず間違いない。別れる時点では、なかなか私と触れ合う時間もなくなるくらい多忙で、会社からの信頼も厚いと思われたあの人が、なぜ会社を辞めたのか?その辺の経緯がわかれば、あの人の変貌の謎を解く第一歩にはなりそうだった。


だけど、私にはあの人の仕事関係への伝手は全くない。個人情報保護にうるさい時代に、元妻と称する女がノコノコ訪ねて行って、何かを聞き出そうとしても、怪しまれることはあっても、歓迎されることなどあり得ない。


ある日、仕事帰りに、あの人の元(であろう)勤務先に寄ってはみたものの、中に入ってみる勇気は結局出ず、諦めて帰ろうとした時だ。


「あれ?」


その声に振り返った私を見て


「ああ、やっぱりそうだ。ご無沙汰してます。」


と頭を下げてくれた男性が。この顔には見覚えがある。確か、あの人の会社の同期生で、私達の披露宴にも来てくれたし、何度か家にも遊びに来た人だ。


「こちらこそ、ご無沙汰しております。」


「ひょっとして、あいつに会いに来たんですか?」


「いえ、そういう訳じゃないんですけど、仕事で近くまで来たのでつい・・・。あの人は元気にしてますか?」


「ご存知なかったんですね。あいつ、会社辞めましたよ。」


「えっ?」


と一応驚いたふりをしてみる。これはちょうどいい人に出会えたかもしれない。


「いつのことですか?」


「奥さんとのことがあって、1ヶ月くらい経った頃ですかね。他にやりたいことが出来たと言って。随分止めたんですが・・・。それっきり、連絡も取れなくなっちまって、どうしてるんですかね?」


その人は、心配そうに眉をひそめた。
< 44 / 68 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop