もう一度〜あなたしか見えない〜
半年程、時が過ぎた。


その日、私は部下を連れ、取引先へ向かっていた。雑談をしながら、電車で移動していた私の携帯が鳴り出した。営業マンである私の携帯が、ところ構わず騒ぎ出すのは、別に珍しいことではなく、私は普段は移動中はマナーモードに切り替えているのだが、この時は失念してしまっていた。


こういう場合、マナー違反は承知だが、電話に出て、電車で移動中であることを告げて、降車したら、すぐ折り返す旨伝えて、電話を切るのが、我々営業マンの普通の対応だが、この時は、私は着信相手を確認すると、すぐに着信拒否の操作をした。


「主任、大丈夫なんですか?」


部下が驚いて、聞いて来るが


「いいのよ、こんな時間に掛けて来る方が悪いんだから。」


と思わず吐き捨てるように答える。マナーモードに切り替え、携帯をバッグに放り込んで、部下との話を再開するが、また携帯が震え出したのがわかる。放っておくと、留守電に切り替わるから、一旦止まる。


だけど、またすぐに携帯は震えだす。それを何回か懲りずに繰り返しているうちに、目的地の駅に着いた。


「ちょっと、ごめんね。」


部下に断って、少し離れた所で、私は通話ボタンを押した。


「もしもし。」


『お前、どういうつもりだ。』


怒りに満ちた言葉が耳に飛び込んでくるが


「そっちこそ、どういうつもり?こんな時間に電話掛けられても、出られるわけないでしょ。会社辞めちゃうと、その程度の判断もつかなくなるわけ?」


負けじと厳しい口調で言い返すと、向こうが怯む様子が伝わって来る。


「とにかく、今あなたの相手をしてる暇なんかないから。仕事終わったら、折り返すから番号教えてよ。」


『・・・。』


「それが嫌なら、せめて8時過ぎに連絡して。じゃ。」


私は「公衆電話」氏にそう言うと、電話を切った。


「お待たせ、行きましょう。」


そう部下に言って歩き出した私は、相手をやり込めた、一種の爽快感も感じていたけど


(いよいよ、来たのね。)


というビジネスとは全く異質の緊張感も、また感じ始めていた。
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