もう一度〜あなたしか見えない〜
それから、気が付けば1ケ月が過ぎていた。休日の昼過ぎ、私は今、電車に揺られている。


通勤時とは比べ物にはならないが、休日の昼下がりの車内は、それなりに混雑していた。座席の私は、目を瞑ってはいたが、眠っていたわけではなかった。


あれから・・・私は多忙だった。出張が立て続けに入り、その影響で、通常業務が滞り、帰って来てからはその処理に追われた。柄にもなく、体調を崩し、何日か欠勤してしまい、珍しく会社に迷惑をかけてしまうという経験もした。


そんな日々がようやく落ち着いた週末の1日、私は久しぶりにプライベートで外出した。


目的地は初めて訪ねる場所。かつては親や友人達に笑われる程の方向音痴だった私も社会に出、営業マンとしての日々を過ごすうちに、いつしか克服していた。それに今は、便利なアプリにも事欠かない。


駅を降り、そのアプリにも助けられて、私はスンナリ、その場所に辿り着いた。


目の前に現れたその建物は、今どきこんな所が、まだあるんだと思うくらいの年季の入ったもので、正直入るのを躊躇いたくなる。しかしここで引き返すなんて、選択肢はない。


私は昭和の、それもドラマで見た40年代の世界に迷い込んだような錯覚を覚えながら、中に入った。


目指す部屋はすぐ見つかった。セキュリティなんて言葉も概念も、全く一般的じゃなかった時代の建物だから、住人が在宅であることは外からすぐわかる。約束をして来たわけじゃないから、不在なのが心配だったけど、まずはホッとした。


ドアの前に立ち、ノックをすると、返事があって、扉が開く。中から顔を出した人は、私の顔を見て、息を呑んだ。


「こんにちは。悪いけど、上がらせてもらうよ。」


私はそう言うと、凝然と立ち尽くしている元夫の横をすり抜けるように、部屋の中に入る。


外側同様、部屋もかなり年季が入っていたけど、中は元夫らしく、整頓されていた。そんな部屋を見回していた私の目に、白木の箱の横で私に向かって微笑んでいる、懐かしい人の写真が、飛び込んで来た。
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