もう一度〜あなたしか見えない〜
「さっきのお返事が聞きたいです。あなたの赤ちゃんが産みたいです、産ませて下さい。お願いします。」


そう言うと、私は深々と頭を下げる。


「僕なんかの子供でいいのか?今の僕は、日々の暮らしで精一杯のオッサンアルバイターだ。君や君のお腹の赤ちゃんの何の力にもなれない。そんな男の子供を君は・・・。」


「産みたいです。もし、自分が子供を産むなら、あなたの子供を、ずっとそう思っていたのに、私はその権利を自分の手で捨て去ってしまった。だけど、神様はもう1度、チャンスをくれました。もう絶対に逃したくないの。」


私は必死に訴える。そんな私をじっと見つめていた元夫は、やがて静かに口を開いた。


「本当にいいのか?君はその為に、重荷を1つ背負うことになるんだぞ。」


その言葉を聞いた私は、元夫の胸に飛び込んだ。


「重荷なわけないじゃない。お腹の赤ちゃんの大切なパパなんだから。私にとって、掛け替えの無い大切な人なんだから。あなたこそ、私がまた一緒にいてもいいの?」


「僕だって、自分の子供を産んで欲しい女性は、この世に1人しかいないんだ。今までも、そしてこれからも。」


その言葉を聞いた時、私は溢れ出る大粒の涙をもう止めることは出来なかった。


「あなた、ありがとう。そして、本当にごめんなさい。私は愚かでした、大切なものを失った悲しみ、苦しみは想像を遥かに超えてました。あなたの側に戻ることを許される日が来るなんて、夢にも思ってなかった。だから、この幸せを、もう絶対に手放したくない。絶対に手放さない。あなたを犯罪者にもしたくないし、この子を母親のいない子になんか出来ない。だから、もう1度だけ、私を信じて下さい。」


「僕をこんなにも愛してくれてる人を、僕はキチンと抱き止めてあげることが出来なかった。君を苦しめて、本当にゴメン。今度こそ、しっかり抱きしめて、もうどこにも行かせないし、誰にも渡さないから。約束する。」


しっかりと見つめ合った私達は、やがて瞳を閉じて、ゆっくりとお互いの唇を重ね合った。この前と違って、長くて優しい、愛が復活したことを確かめ合うキスだった。


そして、どちらからともなく、ゆっくり唇を離した私達はまた、じっと見つめ合う。


「そう言えばさ。」


「えっ?」


「僕達、今、喪服だよね。まるでヤバいビデオの企画ものみたいだ。」


「もう、バカ!」


何を思ったか、突然そんなくだらない冗談を言い出したこの男のお陰でムードは台無し。


自分を突き放すと、拗ねて後ろを向いてしまった私の機嫌を直す為に、夫はしばらく苦労することになった。


もう、本当にバカ!!
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