待ちぼうけ
「お待たせして、ごめんなさい」
そして、彼女は俺の隣に立つ男の前で立ち止まった。
「もう一時間も過ぎてる。本当に、……ごめんなさい」
深々と頭を下げる彼女に、男は背筋をびしっと伸ばして言った。
「謝らないで、安藤さん。嫌がっていたのに、無理に誘ったのは俺の方だし。何度も何度もしつこくして……すまないと思ってる。でも、……来てくれたなら、期待してもいいのかな。……俺」
「……はい、よろしくお願いします」
「やった……!」
男は、俺の目の前で由利を抱きしめた。そしてすぐ我に返り、「ごめん、嬉しすぎてつい」と彼女を離す。
好きで好きでたまらない、というように、優しい目を向けたまま。
「……安藤さん?」
ぎくりとしたように、男の声が上ずった。由利は肩を震わせて泣いている。
「ご、ごご、ごめん! 急に抱きしめたりして」
「違うの。……ごめんなさい。私ここに来るの、……五年ぶりで」
「ここに? 待ち合わせスポットなのに?」
男はきょろきょろと見渡す。学生も社会人も、なにかと言えばここを待ち合わせ場所にする。
ここに来ないなんて、引きこもりと同義なくらいだ。
「ずっと避けてたの。……悲しい思い出があって。ここだけはずっと来れなくて」
「……由利さん」
「でも、ようやく、来れた。あなたがいつまでも待ってるって言ってくれたから。私。……ようやく一歩踏み出せる気がしたの」
男は事情が分からないようだったが、静かに泣き始めた由利を優しく抱きしめた。
そして由利も、戸惑いながらも、男の背中にゆっくりと手をまわした。
俺はそれを見て、ものすごく悔しくて、ものすごく安心した。
――やっと、会えた。やっと、君が笑った。
俺はそう思い、軽くジャンプして、由利の髪に小さなキスをする。
『幸せになれよ、由利』