初めまして、大好きな人



「いいんだよ。それは忘れなくていいんだ。
 それは波留にとって大事な思い出だろう?
 忘れないってことはすごいことだよ。
 覚えているだけでも偉いんだよ、波留は。
 だからいいんだ。無理に忘れようとするな。
 いつかきっと、思い出しても大丈夫になる日が必ず来るから。
 それまでは悲しいかもしれないけど、
 そういう時は泣いたっていいんだよ」



尚央の手が私の頭を撫でた。


それがお父さんがいつもそうしてくれたみたいに思えて
また涙がこみ上げる。


いいの?私はこの記憶を忘れなくてもいいの?


ずっと、忘れないといけないって思っていた。


お父さんとお母さんと過ごした記憶は
私の邪魔になってしまうと思っていた。


過去に縛られて、前を向いていけないと思っていたの。


でも、尚央は忘れなくていいって言ってくれる。


尚央にそう言われると、何故だか安心出来る。


私は偉い?すごいことなの?
こんなことも簡単に忘れられない自分を嘆いていたけれど、
こういう思い出を覚えていられる私は、すごいの?本当に?


尚央は私の頭から手を離すと、きゅっと抱きしめてくれた。


思わず握りしめていたココアを落としてしまう。


尚央の胸の中に押し込められると、
煙草の匂いがほのかにした。

それが嫌だとは思わなかった。
むしろ心地よく感じた。


自分の心臓がドクドクしている。
心を落ち着けて目を閉じると、目に熱いものがこみ上げてくる。


「泣いていいよ。強がらないでいいんだ。
 波留はまだ子どもなんだから。
 大丈夫。泣いたらその分、俺が笑わせてやるから」


そんなこと言われたら我慢出来なくなっちゃうじゃない。


私は溢れてくる涙を堪えきれずに、声を上げて泣いた。


思えばその泣き方はとても幼かったかもしれない。


みっともなかったかもしれない。


でも抱きしめられている感触が心地よくて、
そんなの気にならなかった。


尚央が涙を隠してくれているような気がして、
不思議と安心した。


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