初めまして、大好きな人
庭には施設長がいて、
私を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。
施設長は尚央を見ると会釈をして、
それから柔らかく笑った。
尚央もそれに合わせて会釈をする。
「あなたでしたか。いつもお世話様です」
「いえ。僕が勝手にしていることですので」
尚央はそう言うと、私の手を離した。
そしてにっこりと笑うと、少し私から距離を置いた。
その開いた距離がとても寂しく思えた。
気のせいかな、なんだか胸がチクチクする。
「じゃあ、波留。また明日な」
「う、うん……また」
「明日」
「うん。また明日」
尚央は満足そうに笑って、
元来た道を戻って行った。
その姿を黙って見つめていると、
施設長が私の肩に手を置いた。
「楽しかったかい?」
「うん。あのね、この服買ってもらったの」
「そうか。良かったね」
眼鏡の奥の瞳が嬉しそうに揺れる。
私も嬉しくなって、それが恥ずかしくて下を向く。
施設長は私の頭を撫でると、ふふっと声を上げて笑った。
「着替えておいで。もうすぐ夕飯だからね」
「うん」
私は施設の中に入ると、部屋に行って
ノートをテーブルに置いた。
買ってもらった服を綺麗に脱いで部屋着に着替える。
ふぅっと落ち着くと、私はノートを開いた。
今日あったことをノートに書いていく。
尚央に服を買ってもらったこと、
お父さんとお母さんの話をして、
どんなことを尚央に言ってもらったのか、事細かに書いた。
また明日って言ったけれど、怖いな。
もし明日の私がこのノートに書いてあることを信じられなくて、
あの喫茶店に行かなかったらどうしよう。
今日楽しかったことを明日の私は覚えていない。
改めてそのことを思うと、今自分が置かれている状況が恐ろしくなる。
でも、私は書くしかない。
この「MEMORe:」は私の記憶媒体。
このノートに書かれていることだけが
私を形どる唯一の印。
このノートがなかったら私は、
一体どうなってしまうんだろう。