初めまして、大好きな人



大体のことは整理出来た。


目をそらしたくても、そらせない状況にあると理解したら簡単だった。


私に親はいない。
ここ五か月の記憶もない。


そんな私は、これからどう生きていけばいいんだろうか。


「今日は、泣かなかった。いい進歩なのかもしれない」


施設長はにっこりと笑うと、私の頭に手を置いた。


泣かなかった。


そうか、今までの私は泣いていたのか。
そりゃあ泣くだろうな。


だってこんなのあんまりよ。


親が亡くなったことを知らされて、
記憶がなくなることを知らされて、
こんな知らない場所で知らない人たちと
毎日を過ごすなんて言われたら、
誰だって絶望感に打ちひしがれて泣きたくもなるだろうな。


でも、今日の私は泣かなかった。
どうしてだろう。




それから私は、施設長と話をして、ご飯を食べて、
それから部屋に戻って着替えた。


ふと、青いノートに目を向ける。


一度深呼吸をしてから、テーブルの前に座って、
ゆっくりとノートを開いた。


私の、六日分の記録を読むことにしよう。


ページを捲っていって、目を通す。


これまでの私は、どうやら同じことを繰り返しているらしい。


ある喫茶店に行って同じものを頼む。
そして、ここ二日はなんと、
男の人と遊びに出かけているらしかった。


「榎本、尚央……」


その名前を呟いてみると、なんだか
胸の奥がぽわぁっと熱くなって、不思議な感覚に陥った。


榎本尚央かぁ。どんな人なんだろう。



私は立ち上がって、ノートを持って部屋を出た。


廊下に出ると、一番奥の部屋から男の子が顔を覗かせていた。


眼帯をした男の子。


私はそれを見て、すぐにピンときた。


この子は、葉山雄介っていう子じゃないかな?


「雄介くん?」


私が恐る恐る尋ねると、男の子は顔を輝かせて大きく頷いた。


「波留お姉ちゃん、今日は僕のこと覚えてくれていたんだ!」


「う、うん」


今日はってことは、いつも忘れてしまっているのかな。


ノートを見ておいて良かったと思う。


雄介は嬉しそうに部屋から出てくると、
私の服の裾を引っ張ってにっこりと笑った。


雄介の頭をそっと撫でると嬉しそうに笑う。


そんな雄介と少し話をしてから、
ランドセルを背負った雄介と一緒に施設を出た。




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