初めまして、大好きな人



やることがなくなった私は、
ポケットの中の鍵を取り出した。


確か私の元の家に、
今は尚央が住んでいるんだよね。


私と尚央の家だって、
言ってくれたらしいけれど、本当だろうか。


もしかしたらいるかもしれない。


何か事情があって来られないとかで、
家にはいるのかもしれない。


そう思って、私は元来た道を歩いた。


どんな人だろう。


イケメンって書いてあるけど、
実はそんなにイケメンじゃなかったりして。


大学生かぁ。
でも、見た目は高校生に見えるんだよね。


本当にどんな人だろう。


頭の中でイメージを固める。


百パーセント日記を信じているわけじゃないから、色々と想像する。


それがなんだか楽しくも思えた。


施設の前を通ると、施設長がちょうど施設の中に入ろうとしていた。


私は声をかけずにその前を通りすがる。


どんどん歩いて、枯れた桜並木の道を通った。


「あった」


しばらく歩いて、私がもともと住んでいた家を見つけた。


事故前と何も変わらない外観を見て、安心する。


ここにはもう、お父さんもお母さんもいない。
でも、彼はいる。
榎本尚央は、ここにいるのかもしれない。




そっと玄関の前に立って、インターホンを鳴らしてみた。


しばらく待ってみても、誰も来る気配はない。


恐る恐るドアに力を入れてみても、
ガチャンと鍵の音がして開かなかった。


「やっぱり、いるわけないよね」


尚央はいない。いるわけない。
嘘だったんだ。


「ヴァポーレ」がいい店だってことも、
尚央って人が私に会いに来てくれていたことも、
この家が私と尚央の家なんだってことも全部、嘘だったんだ。


日記を信用しちゃいけない。


今までの私は、どうして嘘なんてついたんだろう。


こんなの冗談でも笑えない。





鍵を取り出して見つめた。


開けてしまおうか。
でも、いいや。
この鍵も偽物かもしれない。


開けてみて開かなかった時のことを思うと
自分が情けなくて、みじめになる。


もう帰ろう。



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