初めまして、大好きな人
とぼとぼと歩いて施設まで帰る。
施設からここまではそんなに距離がないはずなのに、
なんだか遠く思えた。
今日は最悪な日だ。
ショコラミントは美味しく感じなかったし、
みじめにこんなところまで来てしまったし、
おまけに雨は降ってくるし……。
ポツポツと降り始めた雨は
次第にその強さを増して、施設にたどり着いた時には
ざあざあと音を鳴らして降っていた。
「波留ちゃん!どうした?雨に濡れて」
施設長がすぐに飛んできて、
タオルで私の頭を拭いてくれた。
「今日は一人なのかい?榎本さんは?」
「ねえ、本当にその人、実在するの?」
私は施設長を見上げて言った。
施設長は驚いた顔をして眼鏡を押し上げた。
「どうした?何かあったんだね?」
施設長に問われて、私は今日あった出来事を話した。
日記を信じて行動したらひどい目にあったこと、
自分がみじめに思えたこと、
前向性健忘という病気のこと。
施設長は最後まで黙って話を聞いてくれて、
それから話し終えると私の肩に手を置いた。
「それは嫌な思いをしたね。
でもね、波留ちゃん。
榎本さんのことは信じたほうがいい」
「なんで?」
「波留ちゃんにとってとても大切な人だ。
波留ちゃんの病気を、一番に理解してくれる人だよ。
だから、信じるんだ」
何よ。
私の病気を一番に理解してくれる?
本当にそうかな。
じゃあどうして来ないの?
私の病気を理解していてくれるなら、
こんなに不安にさせることはしないと思う。
尚央なんて、所詮私が勝手に美化した
ごく普通の人間なんだ。
誰がそんな人を信じるって言うのよ。
「波留ちゃん。彼にも何か事情があったんだと思うよ。
だから気に病むことはない。また明日会えるよ」
「そんなの嘘。病気の私が面倒臭くなったんだよ。
だから会いに来なかったんだよ。
尚央なんて嫌い。大嫌い!」