恋の餌食 俺様社長に捕獲されました
病室だというのに、あれも食べて、これも食べてと、多香子の引き出しからいろいろな食べ物が出てくる。バナナや煎餅はもちろんのこと、有名な店のバウムクーヘンまで。
いったい誰が持ってきたのかと梓が不思議がっていると、お見舞いに来てくれた女友達がくれたのだという。
「意外とこれが最高なのよ」
そう言って多香子が一樹に最後に差し出したのが酢昆布だったときには、梓と一樹は顔を見合わせて噴き出した。
「あら、どうしたの? そんなおばあちゃんっぽいものは出さないでって言いたいの? 梓、これ大好きなのに」
「いえ、その逆です。実は昨日、梓さんからいただいて。後を引くおいしさですよね」
「この味を気に入るなんて、あなたもなかなかね」
「最初は渋い趣味だなぁと思ったんですが、食べて納得でしたよ」
さすがは一樹。多香子と打ち解けて話す様子は、まるで本物の孫のようだ。
そんなふたりのやり取りを見て、梓の胸にかすかな痛みが走る。多香子を騙しているせいと、いつか終わりを告げる関係のせいだろう。
一樹に本当の恋人ができた時点で、梓は用済み。お役御免となる。
結婚に前向きな一樹だから、そう苦労せずとも相手は見つかるだろう。それも、大病院の御曹司に見合う家柄の素敵な女性が。
いっそのこと、ずっと見つからなければいいのに。
梓は、そう願わずにはいられなかった。