恋の餌食 俺様社長に捕獲されました

それは梓もよくわかる。いったんこうだと決めたら、一樹は譲らないタイプだ。
だからこそ、本物の恋人ができれば、梓を潔く切り捨てるだろうと予測がつく。

それにしても一樹という男は異色の経歴の持ち主だ。医師を目指していたはずが、空間デザインの会社を立ち上げるのだから。


「それに俺には弟がいるからね」
「弟さんはお医者様になられたんですか?」
「久城総合病院の小児外科にいるよ」


なるほど。弟が次期院長としての期待を背負ったわけだ。


「これがなかなか腕の立つ医師でね。ほかの病院で難しいと言われる心臓手術の患者が、弟目当てに日本中から集まってくるらしい」
「すごいですね」
「俺と違って、地道にコツコツと積み重ねるタイプだからね。いい医者になったよ」


その弟に紹介しようという言葉が一樹の口から出ないのは、やはり梓とは未来がないからだろう。
いつ終わりを告げるかもしれない相手を、大切な弟には紹介できない。

昨夜は意図せず父親と対面してしまったけれど、きっと一樹も焦っただろう。梓と一緒に久城総合病院に足を踏み入れたとはいえ、院長の父親が梓の主治医だとは思わないだろうから。

なんにせよ、今日は多香子の気持ちを変えられたのだ。喜ばしいと思おう。
梓は気持ちを切り替えた。

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