京都祇園 神さま双子のおばんざい処
よく見てみれば顔立ちも結構似ているかも。ひょっとしたら兄弟なのだろうか。
イケメンで、祇園で店が持てるくらい和食の腕がある兄弟なんて、何だかずるい。
「弥彦(やひこ)。彼女を今日のお客にする。入ってもらえ」
拓哉と呼ばれた人は、いい人なのかもしれないけど、舌足らずなタイプだよね。
「ごめんね~。拓哉はさ、いい奴なんだけど言葉がいつも足りないんだよ。まあ、昔ながらの料理人みたいで、それなりにかっこいいと思うけどさ」
まるで私の心の中をそのまま言葉にしたみたいでびっくりした。弥彦、と言っただろうか。この茶髪イケメン、外見のちゃらさに騙されてはいけないタイプ?
「あ、私、この辺を歩いていただけなので……」
うまく距離を取ろうとしたが、茶髪の弥彦さんが詰めてきた。
「このお店はさ、僕らでやってるんだ。僕が鳴(なる)神(かみ)弥彦。こいつが鳴神拓哉。だからこのお店は『なるかみや』」
「おふたりはご兄弟?」
「兄弟というか、双子?」
「ああ、それで。おふたりの顔が似てるなと思ったんですけど、双子だからなんですね」
その言葉に、ふたりが微妙な顔をした。
「こんな軽薄な男とは似ていない」
「こんな堅物な奴とは似てないよ」
険悪とまではいかないけど、まあ、いろいろあるよね。家族って。
「弥彦、あとは任せた。俺は仕込みに戻る」
仕込みという言葉に、また少し胸がうずいた。
「はいよ。――まあ、こんなふうにして、拓哉は料理を作る。僕は給仕接客全般をする。その中にはいまこうして話しているようなお店の広報宣伝活動もするし、経理関連もする。僕、こう見えて働き者なんだよ」
「はあ」
本当の働き者は自分でそんなこと言わないと思う。
「要するに弥彦は雑用だ。そう思ってくれて構わない」
「雑用……」
いくら何でもあんまりな言い方だと思う。弥彦さんはあえて無反応を貫いてるし。
「で、このおばんざい処『なるかみや』はちょっと変わっていてね。ネットはもちろん、あらゆる媒体から名前を隠しているんだ」
「一見さんお断りってやつですか」
京都の祇園ならさもありなんだ。だけど、それならなおさら私がお客というのはおかしな話になる。
「ははは。それは祇園のお茶屋さん。ひょっとして、お座敷遊びとかしたかった?」
会話が微妙にずれる。
「いえ、私は別に」
とはいえ、お座敷遊びを女がしてはいけないという決まりもない。かわいい舞妓さんときれいな芸妓さんをはべらせてお酒を飲んだら、鬱屈したこの気持ちも晴れるかもしれない……。
「お茶屋さんなら僕が顔が利くからいつか連れていってあげる。でも、今日は拓哉のおばんざいを食べるといいよ」
弥彦さんが私の背中を押した。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください。その、言いにくいんですが、お金が」
「それなら心配しなくていいよ」
「え?」
「僕たちのお店、金額は特に決まっていないんだよ」
「えー……」
ひょっとして「時価」ってやつですか。ものすごく危険なんじゃないんですか?
しかし、店内から漂ってくる上品な出汁の香りが、私の気持ちを揺さぶる。料理人としても、ただの鹿池咲衣としても食べてみたい。
「あとで高額な請求をしたりはしないよ。ときどき子供だって食べに来るくらいだし」
「子供さんが払える範囲ってことですか」
それにしては本格的な香りなのだけど。
「うーん。ちょっと違うかな。説明しにくいんだけど、拓哉はその人にふさわしい料理だけを提供する。金額も、その都度あいつが決めてるから僕にはよく分からないんだけど、いままで高すぎるってクレームになったことはない」
「なるほど」
要するに、リーズナブルなお値段だということかしら。
「他にもうちの店のルールがあってね。一日一組限定。メニューはなし。僕たちがお客さんのためだけの料理を作る」
「……鳴神さん、それってやっぱりお高いお店の条件ですよね」
普段なら、修行料とか必要経費とかって考えるけど、いまはお財布がないのだ。
「大丈夫だよ。拓哉が五千円って言っても、千円しか払わなかったお客さんもいるし。あと、僕らのことは下の名前で呼んでよ。そうしないと、僕なのか拓哉なのか分からないからさ」
「はあ、でもですね」
「何かまだ気になることがある?」
私は意を決して打ち明けた。
「財布を落としてしまったんです」
イケメンで、祇園で店が持てるくらい和食の腕がある兄弟なんて、何だかずるい。
「弥彦(やひこ)。彼女を今日のお客にする。入ってもらえ」
拓哉と呼ばれた人は、いい人なのかもしれないけど、舌足らずなタイプだよね。
「ごめんね~。拓哉はさ、いい奴なんだけど言葉がいつも足りないんだよ。まあ、昔ながらの料理人みたいで、それなりにかっこいいと思うけどさ」
まるで私の心の中をそのまま言葉にしたみたいでびっくりした。弥彦、と言っただろうか。この茶髪イケメン、外見のちゃらさに騙されてはいけないタイプ?
「あ、私、この辺を歩いていただけなので……」
うまく距離を取ろうとしたが、茶髪の弥彦さんが詰めてきた。
「このお店はさ、僕らでやってるんだ。僕が鳴(なる)神(かみ)弥彦。こいつが鳴神拓哉。だからこのお店は『なるかみや』」
「おふたりはご兄弟?」
「兄弟というか、双子?」
「ああ、それで。おふたりの顔が似てるなと思ったんですけど、双子だからなんですね」
その言葉に、ふたりが微妙な顔をした。
「こんな軽薄な男とは似ていない」
「こんな堅物な奴とは似てないよ」
険悪とまではいかないけど、まあ、いろいろあるよね。家族って。
「弥彦、あとは任せた。俺は仕込みに戻る」
仕込みという言葉に、また少し胸がうずいた。
「はいよ。――まあ、こんなふうにして、拓哉は料理を作る。僕は給仕接客全般をする。その中にはいまこうして話しているようなお店の広報宣伝活動もするし、経理関連もする。僕、こう見えて働き者なんだよ」
「はあ」
本当の働き者は自分でそんなこと言わないと思う。
「要するに弥彦は雑用だ。そう思ってくれて構わない」
「雑用……」
いくら何でもあんまりな言い方だと思う。弥彦さんはあえて無反応を貫いてるし。
「で、このおばんざい処『なるかみや』はちょっと変わっていてね。ネットはもちろん、あらゆる媒体から名前を隠しているんだ」
「一見さんお断りってやつですか」
京都の祇園ならさもありなんだ。だけど、それならなおさら私がお客というのはおかしな話になる。
「ははは。それは祇園のお茶屋さん。ひょっとして、お座敷遊びとかしたかった?」
会話が微妙にずれる。
「いえ、私は別に」
とはいえ、お座敷遊びを女がしてはいけないという決まりもない。かわいい舞妓さんときれいな芸妓さんをはべらせてお酒を飲んだら、鬱屈したこの気持ちも晴れるかもしれない……。
「お茶屋さんなら僕が顔が利くからいつか連れていってあげる。でも、今日は拓哉のおばんざいを食べるといいよ」
弥彦さんが私の背中を押した。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください。その、言いにくいんですが、お金が」
「それなら心配しなくていいよ」
「え?」
「僕たちのお店、金額は特に決まっていないんだよ」
「えー……」
ひょっとして「時価」ってやつですか。ものすごく危険なんじゃないんですか?
しかし、店内から漂ってくる上品な出汁の香りが、私の気持ちを揺さぶる。料理人としても、ただの鹿池咲衣としても食べてみたい。
「あとで高額な請求をしたりはしないよ。ときどき子供だって食べに来るくらいだし」
「子供さんが払える範囲ってことですか」
それにしては本格的な香りなのだけど。
「うーん。ちょっと違うかな。説明しにくいんだけど、拓哉はその人にふさわしい料理だけを提供する。金額も、その都度あいつが決めてるから僕にはよく分からないんだけど、いままで高すぎるってクレームになったことはない」
「なるほど」
要するに、リーズナブルなお値段だということかしら。
「他にもうちの店のルールがあってね。一日一組限定。メニューはなし。僕たちがお客さんのためだけの料理を作る」
「……鳴神さん、それってやっぱりお高いお店の条件ですよね」
普段なら、修行料とか必要経費とかって考えるけど、いまはお財布がないのだ。
「大丈夫だよ。拓哉が五千円って言っても、千円しか払わなかったお客さんもいるし。あと、僕らのことは下の名前で呼んでよ。そうしないと、僕なのか拓哉なのか分からないからさ」
「はあ、でもですね」
「何かまだ気になることがある?」
私は意を決して打ち明けた。
「財布を落としてしまったんです」