代行秘書 ときどき レンタル彼女⁉
「今は俺だけの秘書、深山紗和でしょ?」
チンと鳴りエレベーターが止まる。
扉が開く前に隣に戻った副社長。
キリッと表情が仕事モードに切り替わり、私も何食わぬ顔で開いた扉に手をかける。
次々と挨拶していく社員達に頷く後ろ姿。
副社長室までの道のりを歩きながら、仕事に対する姿勢は誰もが尊敬に値するんだと思う。
あの椅子に座るまで本当に苦労しただろうし、犠牲にしたものもあったかも知れない。
皆は怖がって一歩下がるけど、私は裏の顔を知ってしまっただけにあれは鉄仮面なんだよって言いたくなる。
仮面を外せば……ただの欲深い束縛オスゴリラ……
「プッ」と吹き出してしまった私に振り返ってきたので慌てて表情を戻す。
「深山、15時からの会議資料まとめてあるな?」
「はい!すぐお持ち致します」
「それとイヤホンの用意と帰りの手土産、会食の準備…出来てるな?」
「はい、お任せください」
今週の会議は全て段取り済み。
副社長の事だから合間に次々と仕事をフラれるので常にすぐ対応出来るように整えてある。
あれこれ言ってくる事に対して先を読んで受け答えする私に周りは見えない拍手を送ってくれているらしい。
副社長を黙らせたのは私が初めてだと。
散々雑用を言ってももう済んでいるのでニッコリ笑ったら悔し紛れにボソッと言った。
「じゃあ早く……いつもの美味しいコーヒーを」
最後、ちょっと口角を上げた気がした。
「はい、ただ今お持ち致します」
バタンと音を立てて部屋に入っていくのを見届けた後、その場に居た社員達全員が「副社長が笑った」とびっくりしていた。
「深山さん凄い」って私は凄くない。
何もしていない。
ただあの人が負けて笑っただけ。
こんな子供じみた勝負で笑うなら、これからどんどん笑わせちゃおうかな…なんて。