堅物社長にグイグイ迫られてます
二人の姿が見えなくなるまで見送ると、私は「はぁ……」と息をついてイスに腰を下ろした。

テーブルには私と御子柴さんだけが残される。相変わらずパソコン画面を見つめながらキーボードを叩いている御子柴さんの横顔に私はそっと声を掛けてみた。

「御子柴さん。ありがとうございました」

「何が?」

「私の隣に来てくれたことです」

「それなら帰宅途中に降ってきた雨をしのぐためにここへ寄っただけって言っただろ」

御子柴さんはそう言うけれど、

「でも、御子柴さん。事務所から御子柴さんのマンションまでって、この道通りませんよ」

むしろ逆方向だと思う。それに、さっき御子柴さんが鞄からノートパソコンを取り出したときにふと折り畳み傘も見えた気がしたけれど。

すると、これまで軽快にキーボードを打っていた御子柴さんの手が止まった。けれどまたすぐに動き出す。

「道を間違えたんだ。ぼんやり考え事をしながら歩いていたら、うっかりこんなところまで歩いて来てしまった」

「そうですか」

ここはそういうことにしておいてあげよう。でも私は御子柴さんが嘘をついていることをちゃんと知っている。
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