堅物社長にグイグイ迫られてます
あの日の私といえば、御子柴さんに対して特に何もしていない気がする。建築家を辞めて事務所も畳もうとしていた御子柴さんを思い直させるようなことをした覚えがないけれど。

でも唯一何かしたとしたら『あなたの事務所で働かせてください』としつこいくらいに申し込んだことくらいだけど……。

「真剣な表情で働かせてくださいって懇願してくるお前を見てたら、この事務所はもうすぐ潰れますので断ります、とは言えなくなった」

「へ……」

まさかそれが御子柴さんに事務所を続けるきっかけを作ったってこと?

「くだらない理由だけど、とにかく俺はあのときのお前に救われたんだ。こうして今も建築家を続けていられるのは百瀬、お前のおかげでもある」
 
御子柴さんが私を抱き締めていた腕の力を緩めた。そしてゆっくりと体を離すと、私の顔を近くから見つめる。その瞳を私も思わず見つめ返してしまう。

「ありがとな百瀬。あのときも今も俺を助けてくれて」

「い、いえ……」

私はそっと御子柴さんから視線を下に落とすと小さく首を横に振った。


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