堅物社長にグイグイ迫られてます
「いいえ。私は、主人の味方でもないし悟の味方でもないわ。ただ……」

視線を下に落とした椿さんの表情はなんだか少し寂しそうに見える。

「主人はどんな手を使っても悟を御子柴商事の跡取りにしなければと必死になっているみたいだけど、あの人も御子柴家に婿に来た義務感でそうしているだけなのよ」

「婿?」

「ええ。"御子柴"は私の実家で、主人の前に社長を勤めていたのは私の父なの。主人は私と結婚して御子柴家に婿養子として入ったのよ」

「そうなんですか」

「御子柴商事は創業以来ずっと御子柴の家系のものが継いできたの。でも主人は婿養子だから御子柴の血が流れていないでしょ。そのことをずっと気にしていたみたい」

そのあとの椿さんの話によると、御子柴さんのお父さんは社長に就任したばかりの頃、少しでも経営が悪くなると周りの役員たちから『婿養子だから』『よそものだから』と陰口を叩かれていたらしい。

それでも必死に踏ん張って御子柴商事をさらに発展させてきた。社長としてやれることは全てやり遂げ、その最後の仕事として一人息子である御子柴さんに自分の跡をなんとしても継いでほしいと思っているそうだ。

どうやら御子柴さんのお父さんもいろいろと抱えているものがあるらしい。

「入るぞ」

襖の向こうから男性の低い声が聞こえた。

あまりにも声が似すぎているので一瞬御子柴さんかと思ってしまったけれど、椿さんが「どうぞ」と答えてから姿を見せたのは御子柴さんのお父さんだった。
< 283 / 300 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop