堅物社長にグイグイ迫られてます
――1年後
「どうしよう……」
しんと静まる職場のデスクで、私は固まったまま動けずにいる。目の前には倒れたコーヒーカップ。そのすぐそばには茶色く汚れた書類が一枚。
「どうしよう、どうしよう」
さっきからこの言葉を繰り返している。けれど、やってしまったものはもうどうしようもない。それでもつい口に出てしまう。
「どうしよ~」
百瀬雛子、二十七歳。
飲んでいたコーヒーをうっかり倒してしまいとても大事な書類を汚してしまった。
コレを提出するのが楽しみで、仕事が一段落するとコーヒーを飲みながらニヤケ顔で眺めていたらこんなことになってしまった。
コレを出したらいよいよ私の名字が変わる。そのことに少し浮かれすぎていたのかもしれない。カップを置こうとしてうっかり手が滑り大事な書類の上にこぼしてしまった。
『お前はドジなんだから焦るな!ゆっくり動け!そしてしっかり確認をしろ!』
上司であり恋人でもある彼の怒鳴り声が耳に聞こえた気がして、思わず身体がぶるっと震えた。
どうしようかと慌てていると、
「ただいま」
男性の低い声と共に入口の扉がガチャリと音をたてて開いた。反射的に肩がビクッと震える。私は素早く扉へ振り返ると勢いよく頭を下げた。
「御子柴さん!すみませんでした」
「雛子ちゃん?」
え?と思って顔を上げるとそこにいたのは御子柴さんではなかった。