翳る夜には優しいキスを
じわり、と。
背中に汗が滲むのを感じた。
「ーーーー…」
彼女はそこにいる。
目の前のドアを隔てたその先で、自分を待っている。
そんな確信があった。
「………、」
暴れる心臓の動きがやけにリアルで、普段なら苛立ちさえ覚える五月蝿い蝉の鳴き声がやけに遠い。
グラウンドから響いてくるホイッスルの音やかけ声が妙に耳に障る。
ふと視線を落とすと、いつの間にか握りしめていた自分の拳が見えた。
遠い過去に見たそれと、今目の前にあるそれに、大した違いは見当たらない。
せいぜい何度かの喧嘩で負った小さな傷跡くらいだろう。