新月の夜はあなたを探しに
「黒葉ちゃんがおまえを押した直後に、暴走した車が車道に突っ込んできたんだ。ギリギリのところで、君はその車に跳ねられるのを回避出来た。」
「お、おぃ………待てよ、それじゃあ………黒葉は……。」
「おまえを突き飛ばして、猛スピードで突っ込んでくるおまえを助けたんだよ。」
「待ってくれ………じゃあ、あいつは………黒葉はどうなったんだ……。」
声が震える。
累の話していることは本当なのだろうか?本当だとしたら、どんだ悪夢だ。
目と口は渇き、体は燃えるように熱い。
これは怒りなのか悲しみのせいなのかはわからない。
けれど、累が話した事はそれぐらい葵音に衝撃を与えたのだ。
「黒葉ちゃんは、車にはねられたよ。今、同じ病院で治療している。………意識不明の重体だ。」
頭に殴られたような衝撃が走った。
驚きと、戸惑いで声が出ない。
累がはなしている言葉がどんどん小さくなっていく。
俺を助けるために、押したというのか?
何でそんな事を………それに、どうして暴走する車がこちらに突っ込んでくるとわかったのか。
葵音は気づかなかっただけで、彼女はその瞬間を見ていたのだろうか。確かに、葵音は車道側を背にしていたのでわからなくても仕方がないかもしれない。
けれど、そんな事がわかるものなのだろうか?
黙り込んでしまったのだ葵音を心配そうに見つめながら累は話しを続けた。
「命の危険は回避出来たから、何事もなければ大丈夫らしい。けど、意識が戻らなければ、ずっと寝たきりのまま目覚めないかもしれないそうだ。」
「……………そう、なのか。俺を助けたから、なんだろ………。なんでだよ……。」
「事件ってことで、警察も動いてるから葵音にも事情を聞きにくると思う。けど、そんな話しをしていたよ。」
「………?」
「警察は、黒葉ちゃんの行動は車が来るのをわかっていないと出来ない奇跡的な行動だろうって。大切な人を守ろうとした奇跡だって。」
「……………黒葉が大怪我してるのに奇跡か……。俺にとっては最悪の事故だよ。」
「…………葵音。」
何が奇跡だ。
大切な恋人に守られた男なんて最低だ。
自分が守ってやれなかった。
あんなに切ない顔で自分を見ていた彼女を………。葵音は自分が情けなくて仕方がなかった。
けれど、気になることも沢山ある。
確か、あの交差点に近づいた辺りから、黒葉の様子がおかしくなったはずだ。
デートを楽しみにしていたのに、あんなにも急に悲しみの表情を見せるものだろうか?
まるで、交差点で何かあるとわかっていたようだ。
それに、彼女は葵音と出会う前にあの交差点を見張るようにコーヒーショップに居座っていたのだ。
あの交差点で事故にあうのをわかっていた………?
では、何故葵音の元にやってきたのか。
ある思いが葵音の頭によぎった。
すると、自然と涙がポロポロと流れてきた。
あぁ……そういう事だったのか。
俺は何て馬鹿なのだろう。
思い付いた考えは、ありえないような事。けれど、それしか考えられなかった。
もし当たっているならば、黒葉はずっとずっと葵音を守ろうとしていたという事だった。
「おまえ、何やってんだよ………。」
気だるい腕を必死にあげて、片手で顔を覆う。累は心配そうに、「大丈夫か?」と声を掛けてくれるが、今はそれどころではなかった。
黒葉に会いたい。
そして、思い切り怒ってから、優しく抱きしめてあげたい。
止めることが出来ないまま、葵音は涙をながし続けた。