虹が架かる手紙
クラスの中で地味の方で毎日椅子に座り本を読む眼鏡で弱そうな男子 小滝 虹介 (こたき こうすけ)と、私が話していただけだった。
なのに、珠里は『やだ。まさか、2人付き合ってるの?』と話している間に割入って来て、クスッと笑った表情で言う。
『まさか、そんなわけないよ。』
彼の顔を見ることが出来ずに下を向いて言った。
そうだよ、これは事実だし。
『そーだよね。こんなダサ男と付き合うとか無理だよね。七彩?』
明らかに偽っていると確信出来るほどの表情で私の肩を掴む珠里の手は強い。
これは頷くしか私に選択肢を与えさせないのに十分の圧力だった。
『うん、ありえないから。こんなのと一緒にされるなんて最悪。』
震えた声を自分の耳が捉えるがその言葉を止めることができなかった。
顔も何もあげられず、立ち尽くす私を見て珠里を合わせてグループのみんなは『だよね。』って口々に言うと、何かを企んでいるようにふっと笑った。
『だったら、もう七彩に近づかないで。』
低い声で放たれた言葉に私はぞっと体を震わせた。
いつもなら、笑いながら言うくせに今回ばかりは何かに怒っているかのような怒りの言葉。
嫌な予感がすると、思った瞬間にドンっと目の前で大きな音が鳴り響く。
恐る恐る顔を上げてみると、珠里に蹴られたかのように床に叩きつけられた小滝君の姿があった。
私は口元に手を当てて驚くと、珠里はフッと笑って『男のくせにざこなんだよ!』と言い放つ。
みんな笑って口々に彼に悪口を叩きつけて、小滝君は顔を伏せたままで私の手は震えが止まらない。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
心の中で必死に謝るけれど伝わるはずのない言葉は私の中で残る。
泣きそうな心を抑えるのが必死でもう何が起こっているかのを理解ができない。
『そ、そこまでしなくても………』
絞り出すように発した言葉はいつ消えてもおかしくないほど震えていて、ぐっと手を握る。
『えー。七彩のためにやってるんだよ?』
え?ゾクッと胸をざわついて足がすくむ。
『そーだよ。七彩に変な虫が付いたらうちら七彩と一緒にいられなくなるしね。』
みんな何言ってるの?
私はみんなのなんなの?
ねぇ、やめてよ。
小滝君は私をいつも助けてくれたのに、私はどうして助けることが出来なの?
もう、声も何も出なくて前に出る勇気なんて私には存在しない。
顔を持ち上げて床に手をついて起き上がった小滝君は私の方は見ないで淡々と声を出した。
『すみません。もう近づきませんので。』
『ふーん、そう。』
柔らかな口調でつまんなそうに言う珠里。
これで、終わると思ってた。
『珠里!!これでやっちゃって!』
ポタポタと聞こえてふと、頭に蘇ったのは水。
まさかと思い精一杯後ろを向くと、ニっとした表情でバケツを持ち上げる私たちのグループの梨世(リセ)の姿があった。
涙腺が歪んで細かく分からなかったけど多分トイレのバケツだった。
『ナイス! 梨世!! 』
ねぇ、やめて!やめて!
ゲッと手を強く握るけど、震えが止まらなく私は何もせずに珠里を見つめた。
なんで私のせいなのに、小滝君が苦しまなきゃいけなの?
お願いだから、小滝君をこれ以上傷つけないで。
震えていつの間にか私の顔にぽたぽたと水が落ちる。
みんなは珠里に注目していて私はあまり見られていないようだった。
だとしたら、この水は私の涙だ。
そう気づいた時にそっと上を向いて止めようとするが1度出た涙は止められない。
こんな所見られたら、私はどうなるんだろう。
と、反対に下を向いて気づかれないように立ち尽くす。
バケツは珠里に渡されて珠里は担ぐようにスタンバイする。
怖くて目をつぶった瞬間に腕を誰かに掴まれて、反動で目が開く。
その腕は引っ張られて私はその場から離れていく。
私の前を走るのは小滝君で表情も何も見えずにただ私の腕を引いていく。
その小さいけど逞しい背中を見てまた涙が流れる。
遠くから、声らしきものは聞こえたけれど何を言ってるかなんて分からなかった。
あっという間に屋上について、私たちの足は止まった。
『近づかないって言ったのにすみません。いてもたってもいられなくて。』
そんなこと謝らなくてもいいのに…
しゃくりあげて声も出ない私は首を横に振ってみた。
『これ以上いたら、富永さんに悪いので僕は失礼しますね。』
あの言葉、私がみんなの前で言うしかなかった言葉を気にしているみたいで即座に屋上を後にする。
ありがとうもごめんなさいも何も言えずに小滝君の背中を見つめて、何もできない自分が嫌になる。
床に尻を付けて、泣きじゃくってもうぐちゃぐちゃになった。
屋上の柵に手をかけて、ここから落ちたら死ぬかな?なんて考えてしまう。
でも、やっぱり高いところは怖くてそんな自分が嫌になる。
生きるのにも怖くて死ぬのにも怖くてどうしたらいいの?
私が泣いているのを気づかれないように連れて来てくれたという小滝君の優しさを思い出して、手をぐっと握るが、もう力は弱くなっていた。